組織図と役割等級とアイランド

役割等級制度で社内の等級をまとめると、まとめ方にもよりますが仕事基準になりますからこの記事の図ように上位等級にはどちらかというと組織管理職、さらに上位の管理職ほど上の方に記され、担当職は下の方に配されることが多くなります。これはその役割について役割等級上の高さを判断する際の指標の中に「経営(会社業績)へのインパクトの強さ」とか、「考慮すべき範囲の広さ、時間軸の長さ」といったものが入ることが多いからです。こうした点でそれぞれの役割を測定していくと「管理職」が高い等級に配されることになるのです。

その会社(組織)の価値観の表れ

これは役割等級の定義をする際にどのような役割を高いと判断するのか、その物差しを検討するのですが、その際に「組織管理職は高い役割とみてよいだろう」という前提(組織としての価値観)があるからでもあります。ですから役割等級の設計思想によってはこうなるとは限りません。専門性や技術力を重視する会社であれば、専門職や高度技術職が管理職よりも上位等級に来ることもあります。会社が「うちは技術力を重視する」とか「専門家集団だ」と言いながら、役割等級にしてみると結局は管理職が上位に来るとすれば、それは実際の価値観としては「とはいえ管理職がちゃんとしていることが必要だし、管理職の方を会社としては重視すると言っていることになります。その意味では役割等級を検討するといことが会社としてのあり方を検討、顕在化させる結果にもなります。

兼務が多い組織図

役割等級導入の本来の目的ではありませんが、組織上の脆弱点をあぶり出すことにもなります。例えば「兼務」。組織図には「(兼)」と書かれていることが多いものです。その職務を担当する人が他の部署を兼務しているという意味でこのように書くのですが、それは組織のあり方としては適切とはいえないのではないでしょうか。例えば製造部門の長と品質管理部門の長が兼務しているケース。そこでつくっているもののことを熟知していることはどちらの役割にも求められますが、製造部門の長としては期間内に必要なものを一定のコスト内でつくることが役割なのに対して、品質管理部門の長としては社内だけでなく顧客の立場からも品質を適正に保つことをその役割としますから、そこに葛藤が起こることが予見されます。ここを同じ人物が兼務するというのはそうした牽制機能が働くなるのではないかということが懸念されます。
そうなってしまうのは「担当者を別にしたいが適任者がいなくて」というのが多いのですが、兼務させている限り、期限を決めてでも担当者を育成することを組織としても意識しておかないと、その状態が解消されることはありません。なぜなら兼務している当人としては兼務している職務すべてが自分の役割なのですから、それをきちんと達成しようとするからです。「兼務だからね、仕方ないよね」とは思わないでしょうし、もしそう思うようであれば会社としても兼務させないはずです。兼務している担当者が役割を全うしていれば、「でもとりあえずうまくいっているんだから」と後回しになってしまいます。
また、その役割を目指そうとする人も出てきません。キャリアパスを考える方とすればその兼務ではないそれぞれの役割があるようには見えません。「両方やっている」という状態しか見えていないのですから。とすると、「自分にはあれほどはできないなぁ」と思ってしまいます。
その意味では兼務している人というのはその組織の中で優秀な人が多いようです。もちろん優秀なのであれやこれやといろいろな会議に呼ばれ、その都度いろいろな仕事を任されることになり、それがさまざまな部署にまたがっているので結果的に「兼務」ということになるのです。しかし、そうした優秀な人はその組織内でボトルネックとなっていることも多いのです。ボトルネックとはビール瓶の首元のように絞られているところようにその部分を通れる量によって全体の作業量が規定されしまう部分を指します。「彼がボトルネックになっているよね」という場合、能力の低い人を指していることが多いのですが、先に記したように「全体の流れる量を規定してしまうポイント」なので、担当している人の能力が高くても、それ以上に流れてきてしまうとボトルネックになってしまうのです。また実際に測定する流れるもののスピード(速度)はくびれているところの方が、その前後よりも速いことが知られています。優秀な人は仕事を進めるスピードは速いのですが、そこに集中する業務量が多くなるとボトルネックになってしまいます。兼務の多さはこうした現象を発生させているのでは推測させるのです。

役割を区分し、プロットする

役割等級を検討する際にはこうした兼務は分解し、それぞれに等級を設定します。その結果、例えば「もともと2人分(3人分)の仕事を担っていたのか!」ということが分かれば、これを数年のうちにそれぞれに担当する人を割り当てなければならないということが明確化します。すると育成プランも立てやすいですし、そうしたことを社内に明示することで「であれば自分はそこの役割を目指してみたい」という人も出てきます。その人に取ってみればキャリアプランニングをする上での目標が得られたということにもなります。
そうではなく「そもそもこの役割は1人分の仕事量ではないのだ」ということが分かったりもします。1人分ではないと記しましたが、これはいわゆるフルタイムでの1人分です。それに満たないならワークシェアリングを考えることができます。ワークシェアリング先には、社内の人材がいます。例えば育児や介護によりフルタイムではできない人です。社外に目を向ければその業務に詳しい専門人材を採用することもできます。その人材は副業でもよいわけです。この道でさまざまな知見を得ている人材を採用することもでできることになります。この道で詳しいということで言えばアルムナイ(alumni)採用も検討できます。出戻り採用という言い方をするとなんとなくよくないイメージがありますが、他の現場を知った上で当社に戻ってくるということは「やっぱりうちの会社の方がいい」と感じているということですし「他の会社のやり方も知っている」というお土産も持っているということなのですから、もっと歓迎してよいはずです。
ただし留意しなければならないのは、人を割り当てたことで今まで1人分にならない程度だったのが1人分に肥大化してしまうことです。もちろん、ボトルネックだった頃に必要だったけれどやれていなかったことに取り組めるようになって1人分になるのはよいのです。しかし、人に合わせて業務量を増やすことは避けなければなりません。

たとえは悪いけれども駒(コマ)を揃えること

組織図は何のためにあるのでしょうか? 辞書などを引けば「公式的な命令伝達経路と責任者の業務分掌範囲を明確にする」ことにその目的はあります(経営戦略・組織辞典、東京経済情報出版、2001)。これをさらに平たくいうと、要は将棋盤の上の駒(コマ)のようなイメージではないかと思います。あまり詳しくはありませんが、将棋には棒銀とか振り飛車といった戦法があり、序盤戦ではこれに合致したコマの配置となるように進めて行くと聞いています。もちろん一つの戦法に一つの布陣があるわけではなく、相手の戦略に合わせなければなりませんから、それに合わせて盤面は変わることとなります。この盤面に近いのが組織図と考えてよいのではないでしょうか。環境に合わせて最適となるように機能を配置したものです。その駒が一つの部署というイメージです。
将棋ではそれぞれの駒にそれぞれの機能(というか動き方)が割り付けられています。大きく動けるものもあれば、少ないけれどもいろいろな方向に動けるものもあれば、基本的に前に1つしか進めないものもあります。それを最適な配置にする。一つ一つの駒がその機能を十分に発揮できるようになっているのがよい組織ともいえるのではないでしょうか。

役割を目指す

戦法によって駒の重要性は変わります。そう考えると「王(または玉)」は、それを奪われることになると負けになるので一番重要度が高いとする人が多いかと思うのですが、その他については得意とする戦法などによって位置づけは違うでしょう。これが役割等級の高さともいえます。
その一方で組織内での駒(部署の機能)が分かってくると、「自分はやはりオールラウンダーっぽい金将かな」とか、「癖のある動きで相手を翻弄できるような桂馬がいいかも」とか、「地味かもしれないけれど一歩ずつ確実に進み、ここというときには相手の王将を詰めていけるような歩兵かな」とかといったように、一人ひとりのメンバーがどのような役割を目指すのかを具体的に考えられるようになります。
将棋の駒には最初から「銀将」とか「香車」とか決まっていてそうなるためにどうするのかという筋道はありません(唯一、「金将」については、相手陣内に進んでいくことで「歩兵」「香車」「桂馬」「銀将」は同様の機能を得ることができるようです)。しかし会社の中では組織図を見ることである程度予測することができますし、役割等級制度であれば役割記述書の中に必要な経験が記述してありますから、そうした経験や知識をどのような過程を経て獲得していくかを、自ら組み立てていくことができるようになります。
役割等級化していくということは、各部門(組織体)の機能を明らかにし、解きほぐしてより生産性の高い組織としてていくということであり、メンバーにとっては、今後のキャリアプランを考える上での目的地と筋道を知るための手がかりが提供されるということでもあるといえるでしょう。またそうしたことを視野に入れながら人事制度構築を進めておかなければ、制度的には正しいけれど使えない、ということになってしまいがちです。