旅するようにキャリアを考える

人生は旅にたとえられることが本当に多いのですが、アイランドモデルでキャリアを考えるというのはまさしく仕事人生の旅路をどのように過ごしていくかを考えるということです

決めたとおりに行くのも楽しい

どのように旅をするのが好きか-これはまさにその人その人によって異なるでしょうし、人生の時期や経験の有無にもよるでしょう。
「一人旅が大好き! しかも行き当たりばったりで! いろいろなことはあるけれど、その時の状況や出会いをどう楽しむのかということも旅の楽しみの一つなのだから」
という人もいれば
「きちんと日程が組んであって主要なところを効率よく回るのがいいな。何度も行けるところではないのだから、見逃さないようにしたい。だから前もって準備しておける方がよいと思うんだ。できれば詳しい添乗員さんに案内してもらいたいなぁ」
という人もいるでしょう。旅の楽しみ方はそれぞれなのです。
仕事人生(キャリア)の展開においても同様ではないでしょうか。

ツアーに乗るのは効率的だし、いろいろお任せできて楽かも

旅の醍醐味はいろいろなものを見たり、食べたり、触れたりというところにあります。せっかく訪れたのに閉館日だったり、季節を外していたりするとなんのために来たのかと残念な思いを持ちます。また、見知らぬ土地でのどのように行けばよいか分からないだけでなく、下手をすれば全然別の方向に行ってしまったとうこともあります。乗車券や特急券などを事前に手配しておかなければならないかもしれません。そういうことをよく知っていて、予め教えてくれたり、手配してくれる添乗員の方がいらっしゃればどんなに心強いでしょう。
キャリア開発についても同様です。「こうなりたい」というものがあるとき、そのために必要な知識や経験は何があるのか、どのようなことを学習しておく必要があるのか、そもそもどうすればなれるのか-そうしたことを教えてくれる人がいると、本当に助かります。
人生において時間は限られています。必要なことで予め準備できるものがあればやっておきたいでしょう。例えばTOEICが〇〇○点以上必要だというのであれば暇を見つけて勉強しておくこともできます。無駄なことをしなくてすむならより効率的です(「三角関数? 使わないから勉強しないでもよいでしょう。それよりも英語ですよ」というのもこれに含まれるかもしれません)。キャリアの領域にも添乗員みたいな人がいればいいかもしれません。

会社が示すキャリアパス。これは社内でのキャリア開発における「ツアー」ということもできるでしょう。会社が求める人材像を示し、それに至るための教育体系や職務経験を示しているわけです。
そのツアーに乗れば、必要とされるところは満たすことができそうですし、回り道はしなくても良さそうです。とても効率的といえます。
そして、多くの会社で準備されているのが「管理職ツアー」であるといえるでしょう。そして管理職は多くの場合、徐々に職位が上がることを前提としていますから、ラダーモデルを前提にしたツアーになっているといえます。

このツアーでよかったのかな?

ところで、実際の旅行がそうであるように、だれもがそのツアーに乗って楽しいかと言われると、なかなかそうはいかなさそうです。
もう少しここを見てみたいといっても、次が決まっていれば出発しなければなりません。またツアーで立ち寄らないところは見る機会はありませんから、後になって「あそこも見ておけばよかった」ということが起きるかもしれません。「我が社は3年に一度のジョブローテーションでしっかりと人材育成をしています」というのは、3年経てば異動させられてしまうということですし、後で同期入社の友人から「〇〇という部署ではこんな面白い経験ができた。それが今の糧になっている」という話を聞かされて「あぁ、自分もそういう仕事をしてみたかった」と思ってもそういうツアーにのっているだからしょうがない、ということになります。
それに、そのツアーの目的地が、ちらしやパンフレットではとても良さそうだったのに行ってみると「えぇっ、これだけ?」みたいなことがあるように、「管理職にはなってはみたけれど、大変なだけ」ということも有り得ます。

ツアーを選ぶときには自分はどんな経験をしたいのか、何を見たいのか、どこに行きたいのかが分かっている方がよいですし、「人気のツアーだから」ではなく、十分に吟味する必要がありそうです。
また実際のツアーと同様に途中でやめるという選択肢もあることに留意しておくことも大切です。

予想外のことがあるのも楽しい

逆に、行き当たりばったりとはいわないまでも、どこに行くか何をするかは自分で決めたい、いろいろあるかもしれないけれどそれも旅の醍醐味なのだ、という人もいます。

自分がみたいこと、体験したいことをしたい

ツアーだと行きたくないところにも連れて行かれてしまうし、関心のないもので周囲の人に合わせてみていないのが、なんとも時間の無駄という感じ、のようです。
もちろん、何を見るかだけではなく何を食べるか、どこに泊まるか、どうやって移動するかもすべて自分で決めなくてはなりません。これはツアーにはない難しさといえるでしょう。地元情報に通じていればよいですが、そうでないこともあります。こうした不安定な状況も楽しめるということが、一人旅を楽しむコツといえるかもしれせん。

この点もキャリアに似ています。会社、あるいは世間一般が目指すところのキャリアパスに従うのではなく、自分で調べて、考えて、決めていくとなるとなかなか大変です。独りでできることは限られていますから、仲間から情報提供してもらうことを考えておかないといけないでしょう。
また、最終的にどこに行き着くのかは旅を終えてみないと分からないという点にも留意が必要です。最終的なゴールは周囲の人が知っているわけもありませんし、自分にも分からないのです。ですから不安感はつきまといます。このまま進んで大丈夫なのか、行き着く先はどこなのか‥‥。そうした不安感とともにいることも旅の醍醐味の一つとして楽しむくらいの心持ちが必要なのかもしれません。

旅をした後に軌跡が残る

キャリアプランニング(Career Planning)とクラフティングキャリア(Crafting Career)

前者の考え方、つまりツアーに乗るというのは、キャリア開発の考え方としてはキャリアプランニング(Career Planning)であるといえます。こうなりたいというゴールを設定して、それに向けた道筋(キャリアパス)を描き、それに沿って進んでいくという方法です。
一方、後者は旅をしながら考えているのですから、ゴール設定ができません。ですからこちらが好きだという人にとってはキャリアプランニングという考え方はあまり馴染まないことになってしまいます。「どこに行くか分かりもしないのにプランニングなんてできない。ただ、当面のこと、例えば次の目的地までなら決められるけれど」-その通りなのです。キャリア開発を考えるというと「さぁ、あなたはどうなりたい?」みたいなところから話が始まることが多いのですが、そんな先のことを考えられないよというのも一理ある話なのです。
ではどう考えるのか? まさに旅をしながら考えればよいのです。経営学者のミンツバーグ (Henry Mintzberg)は 経営戦略(Strategic Planning)はいくら精緻に計画してもそうはいかないことが多く、むしろ企業は進みながら模索し、再構築しているということをCrafting Strategyと表現しています。芸術家が絵を描きながら、あるいは陶芸家が土をひねりながら作品をつくりあげる様子(Crafting)になぞらえているのです。
キャリア開発でも同じことがいえるのではないでしょうか。実際に、やってみて始めて「これは面白いかもしれない」と思うこともあります。旅にしても、山の上に行ってみないと山の向こうの景色は見えませんから、登ってみて始めてもっと先に行ってみたいと思うようになることがあります。キャリアプランニングも一つの考え方ですが、クラフティングキャリア(Crafting Career)という考え方があってもよいのです。

未来に後ずさりして進んでいる

どちらの方法をとるにしても、共通するのは、旅をした後にはその人なりの足跡が残っているということです。そしてこの足跡をみて、「自分のキャリアは‥‥」ということが語られ、そのことがその人のアイデンティティになっているのです。つまり、キャリアは自分のアイデンティティを確立するためのものではなくて、キャリア開発の結果としてアイデンティティが構築されていくということなのです。
そして、残念なことに(あるいは幸いなことに)、私たちは「未来に後ずさりして進んでいる」のです。よく引用されるポール・ヴァレリーの言葉ですね。基本的に未来は見えないのです。時間とともにどんどん向かってく「未来」が私たちを通り過ぎる瞬間が「現在」であり、過ぎてしまうともう「過去」。そして、その過去しかみることはできないので、このような表現になるのでしょう。
この辺りはまた別の記事で説明したいと思います。