3-3)社内格付制度~役割等級制度について
役割等級制度はその名前の通り、役割に基づいて等級を設定するというものです。人を格付けするのではなく仕事や業務、職務といったものを格付けするという意味では、名称は異なるものの職務等級制度やジョブグレード制度などとほとんど同じと考えてよいでしょう。もちろんそれぞれに特長があるので別のものとして設計されているのですが、職能資格制度との比較でいうと、格付を検討するものが「人」なのか「職務(役割、ジョブ)」なのかという違いであるというところが肝要です。
職能資格との違い
別項で説明した職能資格制度も、職能(職務遂行能力)の高さを判断する材料として、それぞれの職務を分析し、そこに求められる能力の高さで尺度(ものさし)をつくり、その尺度で担当する人の格付を決めていました。職務を元にしているのだから、職務等級や役割等級と同じように見えるかもしれません。しかし職能資格はそうした尺度を用いながら「この人の能力はどのくらいの高さなのか」を判定し、その人の格付を決めています。見ているのは「人」なのです。
一方役割等級や職務等級は「役割」「職務」を見て格付ます。そしてそのれを担当している人は、その役割や職務を担当している限り、それらに設定されている格付になります。あたかも座っている椅子に「3等級」と書いてあれば、そこに座った人はだれでも3等級になるという感じです。職能資格の方は人に格付がついているので、どのいすに座ろうとその人が「4等級」ならばずっと4等級です。
椅子と座る「人」との乖離
座る「椅子」と座っている「人」-そこに解離が発生することは、役割等級でも職能資格でも有り得ます。
役割等級の場合、本人の実力よりも高い格付の椅子に座るということは、本人にしてみれば荷の重い仕事を任されていることになります。大変な思いをすることもあるかもしれません。しかし、処遇は椅子の格付に合わせて設定されていますから大変な思いをしたとしても、「それだけのことはある」と思えるでしょう。評価は低くなりがちかもしれません。それは荷が重いのですから当然といえば当然でしょう。
逆に実力よりも低い格付の椅子に座ることもあるかもしれません。この場合は荷が軽いということになりますから、より高い成果を挙げることが期待されますし、実力があるのであればきっとそれに応えられるでしょう。従って、処遇が椅子の格付に合わせて低くなるかもしれませんが、高い評価を得ることで、下がり具合を最小限にするということもできるでしょう(この辺りは報酬制度の設計の仕方にもよります)。
だったら、「低い格付の椅子には座りたくない」と考えるものではないか-と一般的には思われますが、実際にはそうでもありません。分かりやすいのは家庭の事情、例えば介護だとか育児のために時間だけでなく気持ちも割いていきたいと思う時期のことです。そういう時期が人生にはあるのではないでしょうか。「LIFE SHIFT」(L.グラットン)によれば人生はいくつかのステージがあり、常に働いているわけでもないし、次の仕事に向けて再学習する時期もあります。100年にならないとしても、これだけ環境の変化が次々と訪れるようになると初めて就職したときの職業で70歳を迎えられるかというとかなり難しそうなので、ある時期には自分のキャリア、職業能力のポートフォリオを再構成するためにむしろ仕事の方のウエートを低くしたいと思うこともあるでしょう。こうしたときに高い格付の椅子のままだと負担は重いままですし、ややもすれば評価が低くなってしまいます。その期間だけは割り切って荷を軽くして過ごしていける方が、本人にとっては楽ですし、また周囲もそうした生き方を尊重してあげやすくなります。もちろん、事情が変わればまた元の椅子を目指せばよいのです。
一方、職能資格の場合はどうでしょうか。仕事が変わってもその人の格付は変わらないのですから、荷の重い仕事を任されたときは「なんでここまでやらないといけないのか」と思えてしまいます。もちろん、「その苦労の先には昇格が待っているのだから」という考え方もあります。日本の人事制度は管理職のはしごを上るラダーモデルでモチベーションを維持してきたという説明を何度かしていましたが、これなどは「苦労の先には管理職のポジションが」と叱咤激励していたわけです。とはいえ、先の話なので本当にそうなるかどうかは分かりませんし、苦労の先の昇格が果たして自分の到着したいところなのかというとそうでもないということもあったりします。
逆に、本人の等級よりも荷の軽い仕事が回ってきた場合、等級はそのままで仕事は楽、ということになります。本人にしてみれば会社の自死に基づく人事異動で仕事が変わっただけで、自分の実力が変わったわけではないのですから、等級が下がるというのは認めづらいことです(また、制度上も異動だけで降格させるというのは辻褄が合いません)。この結果が例えば「『中高年層は給与は高いが仕事はしない』という批判が若手から挙がってくる」という状況を引き起こしていると言えます。言われている中高年層からすれば、「いやいや、能力を活かせる仕事を回してくれないからだよ」と言いたいところであって、若手の指摘は筋違いということになります。「仕事をしない」のではなく、「そういう仕事が回ってきていない」ということなのです。もちろん「だったら自ら仕事を取りに行くようにすればいいではないか」という指摘もあろうと思います。それは正論です。しかし、組織運営を考えると、人に合わせて仕事があるわけではありません。仕事があってそれを担う人を決めているのです。つまり「仕事が先」なのです。いくら能力に見合う仕事がなければ割り振れないのです。結果的に、本人の等級(処遇)と役割との乖離がもたらす人事制度上の課題への対処は、その運用を担っている現場の管理職、つまり課長に任されることとなり苦悩することになってしまいます。
どうやって格付けるのか
役割等級や職務等級はどのようにして格付を決めるのでしょうか。
基本的にはその役割や職務の内容を吟味することになります。職務給(職務に応じて給与水準を設定する方式)が報酬の主たる要素となっている企業ではこうした分析をしておかないと支払報酬水準が設定できないので大前提になっています。例えば米国のヘイ方式では職務の大きさ(ジョブサイズ)を①必要となる知識や経験②問題解決に求められる知的プロセスの高さ③成果責任の経営に与えるインパクトの程度-の3つの側面から、合わせて8個の評価を行い、職務に含まれる要素ごとの評価点を算出し、その総合点数(ポイント)を元に、グレーディングを設定します。
これを行うためにはそれぞれの職務や役割の内容を定義しておく必要があります。このあたり、もともとそうしたものをきちんと定義する職務給社会の欧米ではすでにJob Description(ジョブ・ディスクリプション、職務記述書)として整理してあることがほとんどなので改めて行う必要はありませんが、日本の場合こうしたものはないところがほとんどなので、この方式を採る場合はそこからはじめる必要があります。実際にやってみれば分かりますが、かなり骨の折れる作業です。こうしたことをやる意味は大いにあります。詳しくは後述しますが、仕事の境界が曖昧であることが「ほかの人が帰らないからなかなか帰れない」という付き合い残業や、仕事をしているようにみえて実はやっていないパラサイトな社員を生んでしまうことの原因の一つだからです。人事制度のためやると考えると面倒ですし、定期的に見直しが必要といわれると勘弁してほしいということになりがちですが、職務の洗い出しをすることで無駄な業務をなくしたり、本来やるべきことを明確化したりするというメリットがあります。
とはいえ、実際にやろうとするとJob Descriptionを作成するにはそれなりにコツが必要です。またそれについて評点を付けようとすると、その定義をきちんと理解することが必要ですし、部門横断的に評価できる人が必要になります。このとき「仕事を知らない他部署の人に分かるのか?」という意見が必ず出てきます。分かるか分からないかを言っているというよりは、「ほかの部署の人に言われたくない」という気持ちが働いていることもしばしばです。また、それぞれの職務を評価し、それを取りまとめて総合点数とするのですが、実際に感じているものとのずれが起きることがよくあります。よく喩えられるのが、「人体は酸素65%、炭素18%、水素10%、窒素3%、カルシウム1.5%、リン1%、その他1.5%で構成されているが、この配合のものをつくったからといって人体になるわけではない」というものです。つまり、個別の要素を調べたからといってその総和が全体を指し示しているかどうかは分からないということです。
このため、職務や役割を全体として捉えて評点を付けたり、その組織内での序列を付けたりして格付けを設定する方法を採るところもあります。全体を捉えるので先に記したような違和感は少なくなりますが、逆にもともとその職務や役割に対して持っていたイメージに引きずられているだけになってしまうこともあります。
またこうした作業を社内でやっていると「ほかの部署の人に何が分かる」問題は解決しません。そこで外部のリソースを使うこともあります。職務記述書の作成サポートから評価点の設定、格付けをコンサルテーションするという方法もありますし、格付けそのものを引き受けるという場合もあります。また、こうしたサービズを提供しているコンサルティングファームは世間一般としての「この職はこの程度」というのを知っていたりするので、それを提供するという場合もあります。外部の専門家に依頼するのは、もちろんその道のプロだから客観的に判断してくれるし、場合によっては職務や役割の内容についてのアドバイスももらえるからというのもありますが、社内的に「私たち(人事部門)の判断ではなくて、専門家の判断ですから」といって説得しやすいという面もあります。
ただ、外部に依頼すると、それ以降の見直しも外部に依頼することになります。その都度費用がかかるということも意識しておく必要があります。
格付けの数ですがこの点は職能資格制度と同様で、「こうであればうまくいく」というような階層数はありません。実態に合わせて吟味していくことになります。
少なすぎると職務や役割による差が付きづらくなりますし、多すぎると区分が大変です。職能資格制度のところでも書いたように、同じ職務の中での習熟に合わせた階層を職能資格のような形で付与することもできます。職務等級・役割等級は同じ職務、役割であれば同じ格付なので、言い換えれば同じ職務役割であればずっと同じ格付のままということになり、成長感が得られづらくなります。職務等級・役割等級の階層数を少なくする場合は、習熟に合わせて格付けが上がるような要素を採り入れるのは一つの方法です。
組織図との違い
そうして作成した格付けを職務ごとにまとめると、なんとなく組織図っぽくなります(この記事の標題の図のようなイメージ。もっと細かくなりますが)。
組織図とどう違うのでしょうか? 一つには、管理職という職務(役割)よりも上の格付けに、組織図であればその組織のメンバーとして管理職の下に位置づけられる人が任命される役割が設定されることがあるということです。いわゆる専門職が該当します。組織図は指示/命令の関係を示しているのに対して、職務等級・役割等級の格付け一覧はそれぞれの格付けを示していますから、組織図と格付け一覧とでは逆転現象も起こるということになります。また、同じ役職位でも位置づけが異なるということも出てきます。同じ「課長」出会っても、格付けの高い課長もいれば低い課長もいるという具合です。
似ているところは、経営戦略をいかにして実現していくのか、そのための「陣容」のようなものが示されるという点です。その意味では、組織図よりも職務等級・役割等級の格付け一覧の方がより具体的です。組織図だと「〇〇課」として箱に入ってしまいますが、格付け一覧だとその内容が職務名や役割名で示されるからです。職務や役割名は言い換えると「機能」でもあります。書き並べてみると過不足が見えてきます。
アイランドモデルの観点から
組織内にある役割を島として示し、その処遇を明らかにし、どのように島を渡っていくのかを考えられるようにすることで、組織内でのキャリア開発を支援する(促進する)のがアイランドモデルの発想ですから、当然、職務等級・役割等級とアイランドモデルとはとても馴染みやすいものです。先に組織図との違いの中で、組織図と職務等級・役割等級の格付け一覧では逆転するものがあると記しました。管理職としてのラダー(はしご)を上らなくても、より良い処遇を得ることができる(そしきの側からいうと提供することができる)ということを目に見える形で示すことになるのは大きなポイントです。「わざわざ図にしなくても説明する場分かるのでは?」という考えもあるかもしれませんが、図にすることで感覚的に分かるということが大切なのです。