5-2)給与の構造

報酬の基本になるのが月給、月例給与かと思います。給与に関してはいろいろと法律による決め事と申しますか、縛りがあります。例えば労働基準法ではいわゆる賃金支払いの5原則というものがあります。
そういう意味では賞与ほどには自由度がありません。賞与も給与もいずれにしてもお金なんだし、かつては社会保険の料率が異なっていたので賞与で払うことにメリットがあったが今は同じなのだから、あまり区分して考えなくても良いのではないかという見方もありますが、支給額や支払い方にどれほど工夫ができるか、意味を持たせられるかという面で言うと、別々に考えた方が良いでしょう。
ただ報酬は「年収」ベースで比較するという考え方もあります。給与、賞与と個別に検討し、それぞれに機能を持たせたとしても、総額としてはどの程度になるのかという検証もしておきたいところです。その意味では賞与も給与も同じお金なのだからという前述の考え方は一理あるものといえます。

給与制度についてもう一つ留意しておきたいのが、月例給与には完全月給というものと日給月給というものがあると言うことです。完全月給制とは文字通り欠勤や遅刻の控除をしない月給制です。年俸制であれば年間報酬額が決まっていてそれを支払うというイメージがあるかと思いますが、それに近いものです。もう一方の日給月給制は、日給を積み重ねておいてい月単位で払うというものです(アルバイトをしていて時給○○円と書いてあっても、お支払いは1日単位どころか月単位であったりするというのと同じ感覚です)。出勤日が少なくなれば当然支給額も減ります。かつて働き手に「職員」と「工員」といったような格差があった頃、月給制といえば「完全月給制」のことを指し、職員は完全月給で月のお支払いは保証され、一方の工員は日給月給で、働いた分だけ支払うよというのもあったようです(この頃は職員用と工員用でお手洗いだとか食堂も違っていたとか)。
しかし、今日では完全月給制であったとしても労働基準法の定めにより基準の時間を超えて働いていれば時間外手当を支給しなければなりません。超えて働いていればその分を時間外勤務手当として払うのであれば、その分足りなければ控除するというのは自然な成り行きで、「月給制」とはいいながら遅刻や早退、途中退出の控除をするところがほとんどで、その意味では日給月給制に近くなっていると言えます(厳格にはやはり異なります)。ここで敢えてこの説明をしているのは「月給」という聞き慣れた言葉であっても具体的な内容を確認しておく必要があるということと、一部のパートさん、アルバイトさんがそうであるように「時給月給制」という方法がいわゆる一般社員についても考えられるわけで、常識に囚われないということが人事制度の設計者には求められるからです。

給与の構成

月例給与はさらにいくつかの項目に細分化されることがほとんどです。
大きく分類すると「基本給」と「手当」(と、職種によってはインセンティブ=歩合給)。さらに基本給部分が「本給」「加給」だとか「基礎給」「年齢給」「職能給」だとかに細分化されていることもあります。一方の「手当」も「家族手当」「通勤手当」などさまざまあり、これもまた会社によっていろいろです。シンプルに時間外勤務手当くらいしかないところもあれば、住宅手当、資格手当、昼食補助など、これでもかという食らいついているところもあります。詳細は別項で説明しますが、「手当」はあくまでも補うものという位置づけです。痛いところ、弱ったところに当てて養生するという感じでしょうか。
制度設計上は、補いたいところに対してピンポイントで対応できるのがこうした手当の良いところです。だからいろいろな手当ができてくるわけです。そもそも「扶養手当」も「配偶者や子どもといった扶養家族が増えてくると大変だろうから」と設定されるわけです。そして支給事由が解消したら外せるというのも手当の特徴です。「あなたのお子さん学校卒業して働き出したよね。だからもうお金はかからないでしょう」とか「配偶者も働いているんですか。だったらその収入があるのだから大丈夫ですよね」といった理由で「家族が増えて大変だろうから」と支給していた扶養手当がなくなるということです。この事情が変われば「外せる(支給しなくなる)」というのは、とかく減額することが難しい賃金に関する項目の中では特徴的な機能といえます。また、それが手当が増える原因でもあります。

基本給の詳細

基本給についてもう少し見てみましょう。「基本給」だけというところもありますが、先に記したように本給と加給、あるいは基礎給と年齢給と職能給に分かれているというところもあります。これらは主に昇給の仕組みと関連しています。昇給に理由がある時には、基本給の中に組み込んで一括表示をしてもいいのですが、それだと受け取る側が分かりづらくなります。給与に限らず受け取る側はあまり細かな金額を覚えていることは少ないのではないでしょうか。一括表示だともはや何がどう変わったのかが見えません。そこで項目ごとに表示するわけです。こうすれば、なぜ、どのくらい昇給したのかが分かりやすくなります。自分でも計算することができます。自分で計算できるというのが、実はとても大切で、なるほどこういうことなのかという納得感があることが、給与に対する満足感にもつながります。

年齢給

年齢に応じて昇給する項目です。日本のように学校を出て入社した後、長期勤続することを前提とすると、入社したときの賃金水準のままではなかなか生活が厳しくなります。特に学校を出たばかりの未経験者を採用することが多いので、当然入社時の給与水準は低くなります。しかしその後、家族を持ったり家を建てたりということを考えると、ある程度の所得が必要となります。それを予め企業側で見込んで昇給を予定しておくことで、生活の安定感を感じてもらい、できるだけ長く働いてもらいたいと考えると、家族や持ち家は年齢に応じていることが多かったので、年齢に応じて変動する項目があると便利なのでした。
便利と一口に言っても3つのポイントがあります。一つは年齢に応じてなので受け取る側が予見しやすいということです。年齢給は多くの場合、賃金規程などで年齢別一覧表と示します。こうしておくと、将来に向けて少なくともこのくらいは増えていくのだなと考えることができるようになります。給与が増えることが見込めれば、家族を持ってもいいかな、家を持ってもいいかなと考えやすくなります。この意味でいうと年齢給だけで基本給を構成するという会社もあります。何歳にあるといくら貰えるというのがはっきりしていると生活設計もしやすくなります。まさに年功序列です。年功序列はよくないとよくいわれますが、本当にそうでしょうか? いくら安心して働けるといっても会社がなくなっては困ります。年齢給100%であったとしても、会社が発展し続けるために貢献しようとする個人も出てきます。逆に「評価されると給与が上がる」ということを言い過ぎると「評価されなければ上がらないということなんだから、評価されにくいようなことはしない」という人を生み出してしまうリスクもあります。「それでも評価しないというのは納得できない」という場合でも、それは「賞与」について反映することにしておくことができます。毎年の業績は賞与で、給与の方は安心して働けることを重視して年齢で、というのも会社のポリシーの現れとしては「あり」なのです(実際にそういう会社もありますから)。
上がるときのことだけでなく下がるときのことを考えやすいというのが2つめのポイントです。これはむしろ企業サイドにとってのメリットかもしれません。一定年齢以上になったら年齢に応じて引き下げるわけです。例えばその理由は「ある程度の年になると子どもたちは巣立っていくだろうから」といったりするものです。定年延長に合わせて一定年齢から引き下げていくという制度を取り入れる企業も少なくありません。このとき注意したいのは「理由」です。それが全員にあてはまるものではないにしても「子どもが独立するなどして家計に必要な金額が経る年代だから」というのであればまだよいのですが、「中高年層は年齢に応じて生産性が落ちるから」という理由にすると、ほとんどの場合やる気を阻害します。「いや、期待されてないんだからさ、自分たちは」という気持ちを引き起こします。年上の部下を持つとやりづらいという若手管理職は少なくありませんが、制度がそれに拍車をかけるようであっては困ります。
3つめのポイントは学歴別賃金の解消です。学校を出たばかりの若者を、卒業前に採用するという日本の採用方法においては、高校生、短大生、専門学校生、大学生、大学院生それぞれに採用時賃金の相場が構成されていくことになります。この時、高校、短大/専門学校、大学の間には2年ずつの間隔があるのですが、初任時賃金の格差は高校と短大/専門学校との差の方が、短大/専門学校と大学の差よりも大きいことがよくありました。高校と大学の差を4年で詰めようとするとかなり厚めに昇給しなければなりません。これを評価による昇給だけで解消しようとすると、大卒の初任時賃金に追いつくまでとそれ以降で昇給ペースが異なることになり、「同じ評価なのになぜ昇給が少なくなるのか」という不満足感を生むことになってしまいます。年齢給を設定することで評価とは異なる要因で修正できることになります。「高校生4年目と大学初任給は合わせなくてもよいのではないか?」という考え方もあります。そうした方法をとることもできますが、それでは給与制度上「学歴格差」を認めていることになります。このこと自体が法令に反するわけではありませんが、「うちの会社は実力主義なんだ!」というのならば、すくなくとも高卒4年目の給与水準が大卒初任給を上回りやすいような設計にはしておく必要があります。年齢給は年齢について決めているだけで学歴については盛り込まないことが多いので、そうした面でわかりやすく、使いやすいと言えます。ただし、採用時の賃金というのは社内事情だけでは決められません。採用難になると初任給は上がることが多いので、そうした場合、それに合わせて年齢給の特に25歳以下の部分を修正しなければならなくなります。ここを引き上げた結果、25歳以降の年齢給をも引き上げないといけなくなってしまった、というケースもありますから、基本給の中に年齢給を設定する際には留意が必要です。

勤続給

年齢に応じて設定するのではなく、勤続年数に応じて設定するのが勤続給です。年齢給と同様に長期間の勤務を期待する場合に設定することが多い項目です。
年齢給との違いは文字通り、年齢ではなく勤続年数に応じて増えていくという点ですが、どのような効果が期待できるのでしょうか。
「勤続」ですから長期間の勤務を期待する場合、特に年齢とは関係なく就労期間が長くなることで習熟度が高まるような仕事には向いています。年齢給だと例えば18歳入社10年目の「10年もやれば仕事のほとんどが分かってますよ。例外的に起こることにもパターンがありますからね。これまでの経験が生きてきますよ」という人と43歳で入ったばかりの「初めての業務なんです! よろしく!!」という人がいたときに、43歳の人の方が高くなってしまいます。年齢給のところで説明したように、年齢給の発想は仕事ぶりではなく「43歳ならご子息はそろそろ高校、大学でしょう。教育費もかかりますよね」といった意味でお支払いするものなので43歳の方が高くてもよいのです。そのことに違和感があるなら年齢給は向かないと言うことになります。もちろん、このあとに出て来る評価によって昇給する項目の方の金額を厚くすれば色合いは減っていきます。
しかし全般として労働人口が減っていこうとしている日本においては「働き手を確保することが大事」でもあるのですから、年齢よりも勤続に着眼してより長く努めてくれることを促す方が効果的かもしれません。
設計上気にしておきたいのは、勤続によって習熟度が上がる期間はどのくらいかという点です。先の例では「10年」としていますが、もっと早く習熟して一人前になるという業務であれば、勤続給は3年目まで引き上げて、あとは一律という設定も考えられます。「入社3年目までに辞める人が多くて」という悩みを持つ会社であれば、入社してから5年間は勤続給を目に見える形で引き上げていくという施策が効果的かもしれません。
もちろん、デメリットはあります。勤続ですから、年齢の高い新入社員の方でも同様に勤続給は上がっていくということになります。これを見込んで採用時の賃金を低めに設定しておけばよいのですが、そうなると他社の採用時賃金に見劣りしてしまって採用できない--ということになります。
その意味では、勤続給は「勤続することによって習熟度が高まっていく職務」(言い換えれば、職務遂行に必要な技量や知識の獲得には経験が欠かせない職務)に向いている方法といえるでしょう。

能力給

その人の能力に応じて支給額が決定する項目です。その際の能力の高さを示すものとしては格付制度のところで説明している「職能資格」「職能等級」が用いられることがほとんどです。
主に2つの方法で改定されます。一つは評価による昇給。毎年の評価によって改定されるもので、多くの場合、等級ごとに1号当たりの単価(ピッチ)が決まっていて、評価結果から導き出される号数(たとえばS評価だと7号)とこの単価を乗じた額を改定するという方法がとられます。これを評価昇給ということが多いようです1号当たりの単価は等級が高いほど大きくなるように設計されていて、評価記号上は同じ「S」であっても下位等級よりも上位等級の方が評価昇給の金額は大きくなるように設計されます。これは昇給額ではなく昇給率で捉えたとき、上位等級になると分母の数字(現在の水準)が大きくなって相対的に昇給率が低くなるからです。
評価昇給には上限を設けることがあります。ある等級に居る限り一定の金額以上には昇給させないというものです。これは放っておくと職能給が上がり続け、下位等級の人が上位等級の人よりも高くなってしまうからです。能力に応じて決定しているのに、下位等級の人の方が高くなるというのでは理屈に合わないと考えるのであれば、こうした措置が必要になります。
もう一つは昇格した際の昇給です。昇格昇給と呼ばれることが多く、2等級から3等級になったときには先の評価昇給とは別に加算されます。昇格というのはそれほど何度もあるものではありません。社内格付が7であれば、最大6回しかありません。昇格は節目でもあるし、「上がった!!」という感じを実感してもらうために、また等級ごとの賃金水準を維持して前述の評価昇給部分の逆転を防止するために設定されます。昇格時に昇給するのですから、仮に降格するようであればこの分減額されることになります(きちんと規定上に明記する必要がありますが)。
文字面がよく似ている「能率給」とはまったく異なります。能率給は出来高給に近く、その人が達成した成果に応じて支払うものです(成果給とも呼ばれます)。ここで説明しているのは固定的な項目なのですが、能率給はそれとは異なり「頑張ったら頑張っただけ」(言い換えれば、結果が出なければそれなりに)というもので、ここで取り上げている比較的固定的に運用される基本給や手当とは別にインセンティブ制度として捉えた方が分かりやすいでしょう

職階給・職務給

職階(しょっかい)制そのものは公務員の方の「社内格付制度」のことで、職務をその内容と責任の程度に応じて職種と等級に分けて、これを格付けし、それに応じて支給額を設定するものです。とはいえ、もともとは米国のものですし、戦後日本において実施することとなり人事院規程とはなったものの、運用されるには至らず、その後、廃止されました。
もともとは米国のと記しましたが、その意味では「職務給」の方が通りがよいかと思います。職務給は「職務」に応じて支給水準を設定するものです。職務記述書(Job Description)にその職務の名称、どのような目的を持つ職務なのか、その責任の範囲、求められる技能や知識な、資格(専攻)などを詳細に記述してあり、それに対する賃金として設定されます。職務記述書に基づいて採用が決まり、賃金が支給されることとなります。別の項でも説明しますが、かつては基本的にはシングルレート、つまり「この職務は給与○○ドル」として決まっていたそうです。
職務ごとに賃金が決まっているのですから、自分の賃金を引き上げたいと思えば職を変わることになります。米国というと職務を移り変わりながら処遇を引き上げていく(Job Hopping)というイメージがあり、組織に忠誠心などないかのようにいわれることがありますが、変わらないと賃金が上がらないのでは仕方のないことともいえます。
職務給を展開していこうとすると、職務記述書を作成することがもちろん必要ですが、それに応じた処遇水準が一体どれくらいなのかも分かる必要があります。社内的な水準というのもありますが、世間相場はどうなのかということも大切です。世間相場より低ければ人材の採用に困難を来しますし、なにより社内からは不満が呈される可能性が高くなります(賃金だけが不満の元ではないのであくまでも「可能性」)。高ければ人材の確保は容易にはなりますが、人件費生産性という点では課題が残ることになります(もちろん、高いままでも企業としてやっていけるし、それが我が社の競争力の源泉であるということであれば「課題」ではなくなります)。そうした意味からも、米国を中心に「だいたい職務給はいくらくらいなのか」という情報を提供する会社がきちんとあります。日本にも拠点を構えていますから職務記述を元に問い合わせればいくらくらいなのかをこたえてくれます(もちろん有料のサービスです)。それだけではなく、公的な職業情報サービスO*Netなどでも提供されていますから、休職者やキャリアカウンセラーも確認できます。どうなればどの程度の処遇が得られるのかがはっきりしているという点では、職能給よりもわかりやすいといえるかもしれません。
ちなみにようやく日本でもO*Netに相当するものが完成しています。職業情報提供サイト(日本版O-NET) https://shigoto.mhlw.go.jp/User/

役割給

役割給は社内格付制度の役割等級に応じて処遇水準を決定するものです。社内格付制度の所でも説明していますが職務等級と比べて「役割」という大ぐくりなところで等級を設定していますから、基本的には「範囲給」(○○○円から○○○円の間)というような設定になることが多いでしょう。
この範囲というのは役割等級に対して役割給の範囲がこのくらいという設定であって、役割そのものについて範囲が設定されているのではないという点には留意が必要です。つまり「役割」⇔「役割等級」⇔「役割給」といったように2段階の変換が入っています。先の職務給は職務そのものについては賃金が設定されています。つまり「職務」⇔「職務給」ということです。役割等級と役割給が若干の分かりづらさというか面倒くさい感じが残るのはこうした理由によるものかもしれません。
それなのになぜ役割等級/役割給を採用するのか? それは格付制度の所でも説明しましたが、異動を行いやすいからという点が大きいでしょう。異動、つまり役割または職務が変わったときに、役割等級が同じであれば報酬の変更はなくて済みます。職務給の場合は職務に設定されているので変わることが前提です。日本はローテーションを行って総合職を育成し、その中から管理職を選んでいくというシステムを採っている(採っていた)のでローテーションのやりやすさは重要なポイントではありました。