5-1)報酬制度の体系

報酬制度はその考え方も範囲も非常に多岐にわたります。
考え方という点では、なんのための報酬なのか、どのような効果を期待するのか、そのためにどのような機能を持たせるのか-そうしたことによって、同じ様な制度であっても内容が異なってきます。
また労働基準法や税法など国が定める法律による影響を大きく受けますし、会計基準原則のような法令ではないけれど順守することが期待されている枠組みなども考慮しなければなりません。社内格付制度や評価制度とは異なり、組織内の考え方だけでは決められないものです。

例えば退職金でいえば‥‥

例えば報酬の一つに退職金があります。別項で詳細に記しますが、退職金には後払い報酬としての機能があり離職を防止することを目的として導入されていました。しかしいわゆるバブル景気の煽りを受けて新卒採用難になった頃、他社と比べて遜色ない採用条件とするために福利厚生施策の一環として導入が相次ぎました。
また、それまでは退職時に一時金として給付するところが多かったのですが、年金として給付するものも増えました。理由は2つあろうと思います。一つは年金とすることで退職後の生活がより豊かになるからです。「うちの会社に勤めれば老後は安泰。だからそれまでは一心不乱に働いてね」というメッセージを含んでいたわけです。もう一つは支給原資を確保するため。一時金として支給するにはその費用を準備しておかなければなりません。結構な額になりますから「退職給与引当金」としてとっておくことになります。年金化する際にはこれを外部の金融機関に委託し、運用と支払を任せることになります。今は考えづらいですが当時は利率がよかったので、外部で運用してもらうことで退職金を支払うために積み立てておく費用を抑制することができたからです。
その後、バブルは崩壊し金利が下がってくると、運用が厳しくなり年金原資の積み立てが大変になってきます。そのことが企業には負担となるので、運用部分は個人に任せた方が企業にとっての金利変動によるリスクは少ないということで、給付額が決まっている確定給付方式から、年金の積立額が確定している確定拠出方式へと移っていくことになります。確定拠出とはある意味では退職金の前払い制度です。退職金はできるだけ長く勤めることを奨励するものだったので、給付額を決定する際には勤続期間が長い方が有利でしたし、途中で離職すると定年まで在職するのに比べる支給額が大きく減じられるようになっていましたが。しかし、前払になってしまうと、いつ辞めても取りっぱぐれはないということになりますから、勤続を促す機能は大きく減じてしまいます。
確定給付から確定拠出への移行の背景には金利変動リスクを負えないというだけでなく、株主に対する説明責任という面もあります。退職金を引当金として準備してあるからといっても、実際には金庫や口座に入れてあるわけではなく、帳簿上そうなっているだけで、実際には必要になったときに手当てしなければなりません。それまで国は退職金を導入させることで国民生活を安定させることを目的に、企業に対しては退職給与引当金に繰り入れるときには「費用」として計上することを認め、また一方では受け取る個人について退職金については所得税を提言するなどして、「税金で払うよりはいいでしょ」とばかりに後押ししていました。しかし、実際にはないのですし、海外の資本家からは「そんなことしているの日本だけですよ。ありもしないものを資産として計上するのは会社の実態に合っていないから外部からみて透明性がないし、世界の他の企業と比べられないから止めてくれる?」という指摘もあり、退職給与引当金への繰り入れは費用計上されないなど扱いが変わってしまいました。
一方、国にしてみれば、退職金の年金払いは、社会保障費の増大を防ぐ意味で重要です。止めてもらっては困るので、iDeCo制度の充実などを進めていると考えることができます。
結局、退職金は当初は長期雇用を促すための一括後払い賃金だったのが、このように、環境の変化を受けて最終的には公的年金を補うものへと性格が変わってきているのです。別項で人事制度は経営理念を実現するためにあると記しましたが、こうした外部事情は経営理念と直接は関係ありません。ありませんが、無視はできない。そうした要素が報酬制度には多いのです。

報酬制度の主な項目

報酬制度を構成する主なものは以下のようなものでしょう。

①給与(基本給、手当など)
②賞与(定期賞与、期末賞与/業績賞与など)
③退職金
④報奨金

それぞれ、支払方法が異なるだけでなく性格も異なります。あるいは支払方法が異なるからこそ性格を分けることができるともいえます。
例えば「賞与」。これは会社の業績によってかなり変動があるものという解釈がされているので、他飛べ業績が急激に悪化したときに「今年は賞与はありません」ということも可能ですし、逆によい時には「1人100万円」ということもできます。それは会社全体でもそうですし、個人についても同様です。「あなたの今期の業績は素晴らしかった。だから去年の倍」というのも可能です。
しかし「給与」はそうはいきません。毎月支払われるもので、受け取る方からいれば生活の基盤となるものです。これが「会社の業績が悪くなったから半分にして」となると安心して生活していけません。特に毎月の賃金については労働基準法で支払方法がきちんと定められていますし、評価が悪いからといって大幅減額するのはかなり難しいことになります。とすれば、設計の際にもこうしたことを考慮しておく必要があるということになります。