【コラム】人事制度のストックとフロー

人事制度は経営理念実現のためのツールであると別の記事で説明しました。経営理念を実現するために、人材を採用したり、育成したりする仕組みでもあるわけですが、これを検討、設計、運用するときにはストック面とフロー面があるということを意識しておくとよいでしょう(実際に制度設計する際にこの両面からの発想、検証を行っています)

ストックの面で見る

人材をストックの面で見るとはどういうことでしょう?
ストックとは、ある一時点においてとらえた量、貯量を指します。端的に言うと、今どうなってますか? という見方。人材という意味でいうと、どのような人がどのくらいいらっしゃるのか、そしてそれは組織運営にとって十分なのかどうかということです。
そのためには所属するメンバーの現在の能力(強いて言えば”質”)で、何人くらいいらっしゃるのか(これもまた強いて言えば”量”)をきちんと把握する必要があります。組織内で行う「評価」(現在業績)はそのための貴重な資料となります。
この質と量の積が組織としてのパワーの源泉であるストックと考えてみるわけです。このパワーを遺憾なく発揮できるように業務配分を決めたり、働きかけたり、阻害要因を取り除いたりするのが管理職の仕事です。

ストックの過不足

このストックを経営計画と照らしてみたとき、不足していれば、その分を「採用」で補うことになります。量(人数)だけでなく質(何ができるか)の両方で考えることが欠かせません(その意味では、日本的な雇用慣行である「新卒一括採用」は量の面は対応しやすいシステムかもしれませんが、質の面は手が打ちづらいように見えるはずです)。教育研修もこのギャップを埋めるためは効果的な方法です。先に記したように、評価をきちんと行っていれば、どのような教育、研修が必要か、その素材が得られるはずです。本人も何がどう不足しているから教育、研修を受けるのかが分かるので、「この忙しいのに研修かよ」みたいな参加者は減るはずです。
逆に過剰である場合は調整が必要です。調整と言っても「人が余っているから辞めてくれ」というわけにはいきません。法令を順守したやり方にすべきという意味もなくはありませんが、人が組織から去って行くときにどのように去って行くのかを在席する人たちは見ています。何せ明日は我が身ですから。しかも、かつての高度成長期のように人口が増加している時代であればほかの人が来てくれるのを期待できますが、労働人口が減っていく我が国においては、いったん辞めた人であっても再び勤めてくれることを歓迎すべき状況になっています。新卒以上に会社のことを知っていますから、本当に即戦力になってくれます。「会社を辞めて出ていくなんて裏切り者だ」といったムラ社会的な見方がされていた時期もありますが、むしろ「他社で経験して、一回り大きくなって帰っておいで」と送り出す方がよいのです。

人的ROAを高める

人材と一緒に扱うのはよろしくないですが、資金があってもそれが活用されていないとROAは低下していきます。人材も必要以上に抱えると人的ROA(人件費生産性)が低下することになりますし、一人ひとりを活かしきれないと、その人が「不良資産」と化してしまうことになります。人事部門のストック面での機能は人的ROAの改善と、不良資産化の回避です。
人事制度は見合った報酬を支払い、人的生産性を引き上げることで、これを支援する仕組みと考えることができます。先に記したように「評価」がストックとしての状況をきちんと把握できるものでなくてはなりません。そのように考えてみると、評価をしたあとで結果を正規分布を描くようにする(つまり相対化する)ことも、報酬配分の一環としては有効な方策ではありますが、ストックとしての状況を把握するという意味では機能しづらいことが分かります(相対化がよくないというわけではありません。その辺りは評価制度のところで説明します)

フローの面で見る

一方、人材をフロー面で見るとはどういうことでしょうか?
フローとは一定期間に集計された量、流量です。フローインとフローアウトを管理することであり、人材に関して言えば採用(フローイン)と離職(フローアウト)を指します。
このうち、採用についてはどの会社も焦点を当てていることが多いのですが、 離職については、「定年」による自動退出で、あとは業績が悪化したときに雇用調整を行うだけというところが多いのではないでしょうか。自動退出ということは、コントロールしないという面もありますが、コントロールできないということも意味します。

定年というフローアウト

年齢で一律に退出を求める現在主流の方式、つまり定年制はそろそろ見直してもよいかもしれません。「あと○年で定年」というのが現実的なものとなったとき、その期間を「あと○年か。一所懸命にやれることはやろう。会社人生の総決算だ」と思って後進の育成に精を出したり、懸案事項に片を付けようと努力する人もいますが、「あと○年か。ま、できることも限られてるし、よけいなことをして波風立てないで、このまま大人しく去って行こう」とする人もいます。どちらが多いかは組織によりけりのようですが、後者の状態を引き起こすような制度は果たしていい制度なのでしょうか? 「そんなこと言って、定年がないと辞めるきっかけも辞めてもらうきっかけもないじゃないか。そうでなくても賃金高いんだから」ということもあるかもしれませんが、これは賃金と役割が見合っていないという話であれば定年制度で解決すべき問題ではなく、処遇制度で解決すべき問題です。
また定年という節目、きっかけがあるから本人も会社も準備ができるのだという言説も、そうはいっても先に記したように、残って欲しい人もいれば、定年前でも「ちょっといてもらわない方がいいか」という人もいるわけです。本来は年齢ではなく「あなたの働きっぷりだとできるだけ長くお願いします」(あるいはもうそろそろ御退出ください)と一人ひとりを見て言わないといけないことなのです。「年齢ですから」で一律にやっていこうというのは、判断することと伝えることの面倒さ(ややこしさ)を回避するための手抜きといってもよいでしょう。よく引き合いに出されることですが、米国などでは年齢による退職勧奨は「差別」と見なされます。すべての会社がそうではありませんが「グローバルな‥‥」ということをいうのであれば、定年制についても早々に検討すべきでしょう。

フローで捉える~キャリア開発を意識する

ではどう対処するのか。フローアウトの問題は、入社時から常に検討されておかなければならないのです。退出してもらうときだけに焦点を当てていては解決しないので、入ってから退出するまでのフローで考えるのです。役割等級の所でも記しましたが、役割と処遇のバランスがとれていれば、組織にとってみれば、その役割がある限りいつまで居てもらっても構わないのです。
働き手の方も「いやこの処遇であちょっとね」と思うようになったのであれば、役割の方を変えるという手を打てばよいわけです。個人がこれをやろうと思うと、社内にはほかにどんな役割があるのか、それはどの程度の処遇なのか、それができるようになるためにはどんな知識やスキル、経験が必要なのかといった情報を入手できる必要があります。アイランドモデルで考えるとはこれに対処しようとするものでもあります。
また、そうした情報を得たら、考える機会が必要です。自分で考えてもよいのですが、中長期のことですからじっくり考える場、そして方法論が必要です。組織内で実施するキャリア開発に関する研修はこうした場と考え方を提供するものである必要があります。その意味では、中高年になってから実施する定年後のマネープランを中心としたライフプラン研修とは目的がまったく異なることになります。考え方を知るのですからむしろ若手の時期に実施すべきですし、場を提供するという意味では一度だけでなく、節目で何度か利用できるようにしておくべきでしょう。
また個別相談の場も大切です。社内事情に詳しいキャリアカウンセラーがいれば、化なり具体的に相談することができるようになります。「そうした相談は上司にすればよいのでは」という考え方もあります。もちろん上司もキャリア面談で対応するのですが、「今の部署ではなく別の部署で力を蓄えていきたい」と行ったような話を上司に切り出すのはなかなか勇気のいる話なのです。そのためにも第三者としてのキャリアカウンセラーが必要なのです。
そしてそうして考えたことを伝える場面も必要です。それがキャリア面談の場であったり、自己申告制度であったり、ジョブポスティング(社内公募制)であったりします。
このように、入社してから退職するまでフローを整えるということがフロー面での管理です。自身の役割に納得して取り組めることは、モチベーションの向上にも寄与します。フローへ対処するということは組織風土の改善という側面も持っているのです。

フローは水の如く

また、これは私見ですが、人材のフローは「水」に似ているように思われます。常に流れをつくっておくこと、滞留をつくらないことが大切です。流れがなくなるとそこに淀みが生じます。なんとなく淀んだ感じなってくることが多いようです。よい意味での緊張感がなくなり、阿吽の呼吸で仕事が進むというと聞こえはいいのですが要は慣例に従ってやっているだけになったり、本来の役割とは異なる役割、権限が発生して混乱を生んだりように見えます。にコンプライアンスに反する事象の多くが、こうした淀みのある組織から出てきているように思います。期間を決めた人事異動、つまりジョブローテーションをすべきという意味ではありません。その人が動いていなくても、周囲の人が動いていればその組織には流れが起きていきます。現場のことは現場のマネジャーが一番よく分かっているのですが、時折「きちんと流れは起きているだろうか」という視点で覗いてみるのも人事部門の役割でしょう。