1)人事制度の目的
組織(特に企業)には何らかの人事制度があるものです。
ではなんのために人事制度はあるのでしょうか。そもそもなくてはならないものなのでしょうか?
なんのために人事制度はあるか
人事制度といえば人事考課や給与、賞与についての取り決めと受けとめられがちです。確かに最終的な目に見えるもの(見えやすいもの)としてはそうしたものになるのですが、本来は「経営理念実現のためのツール」なのです。
そもそも組織にはその組織が存在するための理由、目的があります。ただし、組織は基本的に社会に受けいられるものでなければなりません。そのために組織は設立の理念を持ちます。会社でいえば経営理念ということになります。その理念を実現するために会社があるのであり、その理念が受け容れられるもの、歓迎されるものであるとき、社会から組織が受け容れられることになるのです。
しかし「理念」は実現されることが必要です。会社の場合はそのために経営方針と経営計画を策定します。理念を実現するために、具体的にどのような方法を用いるのか、それをどのようなフレームワークで、いつどのような方法で実現していくのかを方針と計画にまとめていくのです。今年どうするのかという具体的なものが「事業方針」「事業計画」であり、少し長いスパンで設定するのが「長期方針」「長期計画」ということになります。事業運営においては単年度の計画も重要ですが、中期/長期計画も重要です。なぜなら組織がGoing Concern(永続的な発展)を実現しようとするなら、「種蒔き」が重要だからです。足下の事業がうまくいっていてもそれがいつまでもうまくいくとは限りません。常に新たな事業の芽を育てる必要があります。それに社会に受け容れられるという観点でいうと、今年あった製品やサービスが急になくなってしまうのでは困ります。売上に変動があっても事業を継続させていくという社会的な責任を負うこともあります。組織が長い目で考えることが必要なのはこうした理由にもよります。
このように考えると、さらに人材育成という観点でも中長期の視点が欠かせません。製品を作る、サービスを提供するということの裏には、その業務に長けた人材が不可欠です。さらにそうした人材を組織内で育成する必要もあります。「人」という面での考え方を「人事理念」といいます。組織として「人」(あるいは人材)をどのように考えるのか、極端な例を挙げるなら「人は自らの理想を実現するために働くのだ」と考えるのか「人はお金の為に働くのだ」と考えるのかといったことです。この考え方を実現するための方策、仕組みとして人事制度があるのです。
ですから、おなじような人事制度であっても人事理念が異なれば内容が異なります。半年間の貢献を評価するという制度(人事考課制度または評価制度)という枠組みは同じでも、その貢献を「ともかくいくら儲けたか」でとらえるのか、「お客様の信任をどれほど得たか」で捉えるのかによって、メンバーの行動は変わってきます。ですから、人事制度を検討する際にはどのような経営理念に基づいて何を実現しようとしているのか、その際「人」をどのように捉えているのか-ということをきちんと考えておく必要があります。「最近巷では〇〇制度というのをよく聞く。同業他社でも導入していてなかなかよいらしい。うちもやってはどうか」といったように制度の導入から進めると、結果的に継ぎ接ぎした感じになって、制度導入の成果に結びつかないだけでなく、かえってモチベーションの阻害要因になったりします。
経営理念を実現するために人事理念があり、それを現実のものとするために人事制度があるのです。
就業規則などの規程が制度なのでは?
人事制度というと就業規則を思い出す方も多いと思います。特に企業などで賃金を得て働く場合は労働契約を結ぶ必要があります。基本的に一人ひとりと労働契約を結ぶのですが、一人ひとりがまるっきり異なると働く方にとってみれば「同じように仕事をしているのに自分とあの人でなんでこんなに違いがあるのか?」ということになります。疑心暗鬼とはいわないけれど、なんだか自分だけ違うというのは心許ない。雇う方にしてみても、例えば「Aさんは8時から17時までね。時給は〇〇〇円。Bさんは10時から15時までで、月給○○万円‥‥」と個々に決まっているとこれまたやりづらい。そして双方にとって労働契約は一定年限を持って改定されますが、それを一人ひとりやっているととても大変です。そこで基本的なことは就業規則に定めておいて、これを働く人はいつでも閲覧できるようにしておくことで、双方の意思疎通が図れるようにして、特に働く側が不利益を被らないようにしてあるわけです。つまり、就業規則は働く側、雇う側双方にとって基盤となる共通事項(かつ少なくとも労働基準法に定める内容)についてまとめたものということになります(極めてざっくりした説明ですが)。
これらは最低限記述すべきものを記したに過ぎません。先に記したように人事制度は経営理念を実現するためのものです。 特に就業規則を設ける義務の背景になっている労働基準法は労働者保護のスタンスから記述されており第1条第2項「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」と書いてあるくらいです。最低限守るべきなのが労働基準法、労働契約法などの法令であり、それぞれの組織がそれを踏まえて超えて、あるべき組織像、そしてあるべき人材像を実現するために人事制度があるのです。
制度と運用と
人事制度に関連して留意しておかなければならないのは「制度」も大切ですがその「運用」がより一層大切であるということです。制度は決め事です。多くの場合「規程」や「規則」「内規」といったものや「マニュアル」として整備されます。
しかし、実際にはその決め事を現実の世界でどのように適用していくのかによって、まったく異なった影響を及ぼすのです。よくあるのが「制度はそうだけど現実は違う」というケース。例えば「半年に一度面談をすることになっているけれど、そんな時間は取れないからやったことにしておいてくれ」と言う管理職がいますがこれでは制度化した意味がありません。「お客様に信頼されているかどうかなんて、結局は売り上げに表れるんだから、売り上げの多い方がいいに決まっているだろう。きれいごとじゃないんだよ現実は」というものもあります。
制度はある意味で抽象化されたものです。さまざまな事象について事細かく記述するのはそもそも困難ですし、仮に書き記したとしても今度は読むのが大変です。なのでどうしても「運用」つまり現場の判断に頼らざるをません。このときの判断の根拠になるのは「経営理念」であり「人事理念」です。そもそも人事制度はこれらを現実のものとするためのツールなのですから、判断に迷ったときに大本に立ち戻るのは基本と言えば基本のことです。先に「制度だけ導入してもうまく行かない」という趣旨のことを記しましたが、それはこういう理由にもよるのです。
また、極論をいうと人事制度がなくても「運用」、つまり現場の判断だけでうまく機能する組織もあります。現場、特に管理職の判断がその組織の経営理念や人事理念と一致している場合、わざわざ制度として成文化しなくても、判断にブレは起こらないからです。小規模な組織では共有しやすいので、この意味で人事制度を整えなくてもうまく成り立っているということがあります。そうした組織でも所属するメンバーが増えてくると理念の共有が難しくなり、制度化が必要になる場合もあります。特に急成長した組織では多くみられる現象です(ラリー E.グレイナーの成長段階モデルが参考になります)