等級の数はどのくらい?

職能等級制にしても役割等級制にしても(もちろん職階制にしても)、等級の数、つまり格付の数をどの程度にするかーーという課題が出てきます。
職能等級制度で一般社員から管理職層まで含めて13等級あるというものをかつて見たことがあります。少し古いですが労務行政研究所の調査(2007)では管理職層では最頻値で3段階(中位数は5、平均は4.5)で最も少ないのは1段階、多いものは11段階以上というものがありました。一般社員層では最頻値で4段階(中位数は4、平均は5.3)最も少ないのは1段階、多いのはこれもまた11段階以上でした。1段階だと階層の区分をしないということですから、実質的には等級制度はないということとみてよいと思います。また管理職層にしても一般社員層にしても11以上の階層があるというのはなかなか壮観なものかと思います。
等級数についてこれほどバリエーションがある中で、新しく設計するときに、あるいは設計し直すときにはどのくらいの等級数にすればよいのでしょうか? またそれは何を元に決めるのでしょうか?

適正階層というのはありません

制度設計支援でヒアリングをすると「階層が多すぎるので少なくしたい」というご要望もあれば「階層が少ないので多くしたい」というご要望もあります。「どのくらいだったらいいんでしょうか?」と尋ねられることもあります。
結論から申し上げると、このくらいの等級数が適正というのは残念ながらありません。
運用のしやすさ(経営者にとっても、人事担当者にとっても、管理職にとっても、メンバーにとっても)という観点からだいたいこのくらいでは? という数を設定することになります。

多くしたい理由

そもそも等級を多くしたくなるのはなぜでしょうか? 言い換えれば、数を多くする理由、メリットは何でしょうか?

処遇に違いを設定したい

一つは処遇の差を確保し、明確化するためです。格付制度に関する説明のところでも説明しましたが社内の格付制度は処遇の説明変数なので「なぜ私の昇給額は○○円なんですか?」とか、「✕✕さんに比べて基本給が低いのはなぜですか」とか、「もっと賞与を多くするにはどうすればいいんですか」とか、「今回の評価、□□さんよりは頑張ったと思うのですけれどなぜ?」とかといった諸々の「なぜ?」にこたえる際、等級が役割を果たすことになるからです。「あなたは○等級だから標準評価だとこのくらいの昇給なんですよ。でもあなたはそれよりも高いでしょ? それは評価が良かったからなんですよ」とか、「✕✕さんは○等級ですけどあなたはその1つ下ですから。年齢では同じかもしれませんが、✕✕さんは昇格が早かったですからね。あなたは昇格要件のTOEICまだ受検もしていないではないですか」とかといった話になるわけです。
格付ごとの基準や金額が示されていれば、人事部門、そして上司としては説明しやすくなります。なかなか昇格できないようにしておくと処遇を抑制することが可能になります。そうした中でも、優秀な人を昇格させていけば等級に伴う格差が生まれるので、処遇にメリハリを付けられるようになるということです。資格基準さえしっかりしていれば、抜擢すればそれに合わせて等級を引き上げることで高い処遇にできますし、仮にうまく行かなかったとしたときには元の格付けに戻すことで処遇も戻すことができます(基準があることとと裏付けがあることが欠かせませんが)。「日本は米国と違い格差が少ない。できる人にはもっと処遇を厚くしたい」--という声を時折聞きますが、格付制度をそのように運用すればできない話ではありません。もちろん今までとは異なる運用をするのですから、「そんなはずでは!」といった反応が方々から出てきて悶着が起こることは想定されます。実施に際しては留意が必要です(運用を変えるのではなく、制度そのものを変えてこれを実現することも可能ですが、それにしても今までの人事制度とは変わるということである程度の悶着は起こります)。

動機付けのタイミング、きっかけを増やしたい

格付が上がる、つまり「昇格」するということが、本人にとっての動機付けとなるからという点もあります。成長を実感できるということです。
子どもたちの水泳教室に行くと帽子にいろいろな色のラインを縫い付けてあるのを目にすることがあります。泳げるスタイルや距離、時間の基準をクリアするとクラスが上がってラインが増え、色が変わっていく仕組みです。子どもたちは一つクリアするごとに認定書とともに新しいラインを貰えます。また、それがお互いの目に入るので、上のクラスの子にしてみればちょっと自慢になりますし、下の子から見るとそれが憧れになり「自分も頑張ろう」という気になったりします。このように格付けが上がることがモチベーションになっていたりするのですが、会社の等級にもそうした側面はあるのです。その回数が多いということは、それだけ動機付けを図りやすいということになります。
処遇面でも、職能給のところでも説明していますが、通常の評価による昇給とは別に昇格時には昇格昇給というものが予定されていることがあります(すべての職能給制度であるわけではありません)。社内の位置づけも上がり処遇も上がるということをうまく活用することで、上司がメンバーの成長を促進することができます。
本人にとっても昇格は一つの節目になります。それを目処に頑張ろうと思えますし、昇格できることが達成感にもつながります。「子どもじゃないんだから‥‥」という声もあるかもしれませんが、逆の方向から、階層が少ない場合を考えると分かりやすいのではないでしょうか。階層が少ないと何年も同じ状態が続くということになります。例えば一般社員層が3階層しかなければ、大学卒で入社して定年まで一般社員ということになると、1つの等級に十数年いるということになります。「もう何年にもなるけれどずっと同じ状態のまま。このままでいいのか、自分は‥‥」という趣旨の迷いに陥ってしまうことがあります。昇格がすべてではありませんから、上司が職務上のフィードバックをするなどしていればいいのですが、それもないと成長感が実感できないことから離職に結びつくこともあります。

少なくしたい理由

逆に少なくしたい理由、階層数が多いことのデメリットは何でしょうか?

昇格の手続が大変

昇格するということに意味を持たせようとするならば、そこタイミングである程度の審査、職能等級制度であれば能力についての確認をする必要があります。それをしないで昇格させると、「能力で格付けしている」という格付制度の大前提を揺るがすことになってしまいますし、仮に標準滞留年数のようなものを設定してあって自動的に昇格するように(あるいは審査しているようで、実態としてはネガティブチェックだけでほとんどの人が昇格するように)なっていると、年更的になってしまうからです。
昇格させてもよいかどうかを判断することを昇格審査と呼ぶことが多いのですが、では、この昇格審査にどのような内容を盛り込めばよいのでしょうか。多くは「直近の評価」を入れます。しかし、直近だけだとたまたま悪かった場合に昇格させてあげられなかったりすることがおきます。特に社内格付と役職をリンクさせている制度の場合は「課長に任命したいから個々で昇格させないとだめなんだよ。何とかしてくれ」といった事情が発生することがあり、それに対処するために直近の評価以外の項目を入れることになります。ある種の救済措置ともいえますが、例えば職能等級制度だと職務遂行能力全般を見ているので、評価項目だけでは網羅できないという側面もあります。また、これには逆の場合もあります。「たまた評価はよかったけれど、昇格は早いんじゃない? そもそも評価が良かったのは本人の実力というよりは、担当したお客さんに恵まれただけなんじゃないの」ということも起こるからです。
そうして昇格審査には直近の評価の他に、昇格試験、公的資格の有無、TOEICやTOEFLなどの英語能力、一定の職務経験、上司の推薦、面接試験などなどが盛り込まれ、それらの総合結果として判定されることになります。多面的に見る方が妥当な結果を得やすいという側面もありますが、これを昇格対象者すべてに行わなければなりません。「昇格しそうな人だけでいいんじゃないの」という意見もありますが、その場合、昇格しそうな人を選ぶというプロセスが増えてしまいます。いずれにしてもこうした手間が、「階層数-1」✕「昇格審査対象時期の人数」分だけ必要になります。人事部門では資料を整え、面接の場を設え、面接をする人を確保し、面線を合わせる説明を行い、管理職は昇格のための推薦書を書いたり面接官を担当したり‥‥と、膨大な手間になります。一方社員の方も業務以外に例えば面接試験の時間などがとられることになります。英会話は自分で勉強しないといけないかもしれません。
そして人事部門及び上司としては、終わったあとに結果を伝えなければなりません。もちろん、よい結果ばかりではありませんからそのための準備が改めて必要になります。こうした手間が階層が増えるに連れて増えていきます。

昇格基準の設定が煩雑

昇格審査にも関連しますが、判断するには基準が必要です。この基準も格付ごとに設定する必要があります。どうであれば3等級で、どうなったら4等級になるのか? その違いは何なのかがある程度明確になっていないと、昇格の判定ができません。ここが曖昧だと「まぁ、そろそろいいんじゃない」といったことになりがちで、そこに「○年目だから」という目線が入ると年更的になりますし、「この子、院卒だっけ? ○○大?」だと学歴主義になりますし、「あぁ、この人ね。5年くらい前に一緒に仕事したときは‥‥」という話になると情実人事だったり「過去が消せない」レッテル人事だったりということになってしまいます。
職能等級制度では職能基準というものが設定してあって等級ごとのイメージが記載されています。これを読んでみると階層数が多い場合、「指導を受けながら‥‥」「単独で‥‥」「難易度の高いものでも単独で‥‥」といったように階層ごとの説明に苦労のあとが偲ばれることがたびたびです(実際、設計時には苦労するところでもあります)。

では何を考えて決めるのか?

ではどうやって等級を設定するのか?
これはコンサルティングファーム各社各様の、また担当するコンサルタントそれぞれのノウハウあるいは考え方によるところが多いかと思います。あくまでここでは筆者個人の感覚、考え方として受けとめていただければと思います。

実際にどれくらいの階層があるのかを観察する

人事制度導入は、それをきっかけに組織風土を変え、成長させていこうとするものなので現状を追認するのはあまり芳しいことではないのですけれど、とはいえあまりに現実離れしていてもうまくいかないものでもあるので、まず現状を見たときにどのくらいの階層があるのかを明らかにしていきます。非常に感覚的なものではありますが、一般社員層であれば、どの程度に区分できるかを人事担当者、管理職の話を聞きながら考えていくわけです。
ここでの階層とは既にある制度の階層数に合わせるということではありません。習熟のレベル感や業務のレベル感のある種の「塊」をみます。習熟の早い職務が多い職場だと新人かベテランくらいにしか分かれません。しかし習熟が早い職場であっても、職場内で指導するという業務もあったり、あるいは仕事そのものは簡単で習得しやすいのだけれど例外的なものが年に数回だけあり、これには高度な技量、あるいは経験が必要となるといった場合は、新人/一人前/熟練者という3つの層に分けることができるようになります。

区分できるか/区分したいかを考える

こうして大きく区分した後にさらにそれぞれの層をさらに分ける必要があるかどうかを検討します。
先に少なくしたい理由のところでも説明しましたが、あまりに多くすると昇格の判断が難しくなってしまいます。もちろん、すべての昇格について「審査」する必要はなく、節目だけきちんと審査をして、その間は緩やかに判定するという方法もありますが、判定しなければならないタイミングが増えれば増えるほど、昇格するチャンスが増えると同時に昇格しなかった場合に説明しなければならない場面も増えると考えておくことが大切です。緩やかに判定するということはそれだけ説明が曖昧になるということでもあるので、「昇格のタイミングが来たけれど昇格が見送られた」という人への説明は難しくなるのです。
また、今までの人事制度では「降格」はなかったかもしれませんが、今後はこれも想定しておく必要が出てくるかもしれません。こうなるとさらに具体的な説明が必要になります。
多くの場合、前項の大きな区分を2つに分ける程度という感覚です。ただ、格付は給与にも結びつくということもあって、高校、短大、専門が高、大学、大学院など幅広い層から新人採用をしている会社の場合、こうした学歴による世間の初任給格差を制度として取り込む必要があるので、新卒社員の格付層は2~4の階層に分けておくことが必要かもしれません。

キャリア開発の視点

何度も繰り返しになりますが、格付制度はメンバーにとっては自身のキャリア開発を進めて行く上で手がかりになるものです。昇格は一つの節目であり、キャリアプランを考える上でのマイルストーンになります。ですから、入社したら次は管理職しか目印がないとか、「10年がかりで一つの階段を上るのか」ということになると考えづらくなってしまいます。かといってありすぎると「階段が多すぎて‥‥頂上はかなり遠いなぁ。このままだと‥‥」という思いを抱くことになってしまいます。
定年までのこの会社にいてもらうことを想定するのか、またいてもらうにしてもどのような状態でいてもらいたいのか、ということも関係していきます。全員が上位等級を目指すことを前提としているのと、等級が低くても会社の経営には必要な人材であり等級制度とは異なる部分で会社にとっての重要性を感じてもらうこととしたいというのでは、当然等級数が異なります。別の項目で会社の人事制度を考えるというのはフロー(流れ)を考えることという説明をしました。等級の数もこのフローを考えて設定することが必要です。

管理職の階層は?

管理職の階層をどのように位置づけるかは職能等級制なのか役割等級制なのか職務等級制なのかによって異なります。役割等級制であれば、管理職の職務範囲や権限、経営への影響度などを考慮していくつかの格付を設定することになります。
一方で職能等級制の場合はとてもややこしくなります。というのは、多くの職能等級制の場合、管理職層としての職能等級が一般社員層の上に乗っていて(例えば1等級~6等級は一般社員層、7等級から9等級は管理職層といったような感じ)、管理職層の中から管理職を選任するという形になっています。管理職層の等級の定義は、管理職であることが前提なのでマネジメントの範囲だとか、責任と権限の大きさなどで記述されることになります。
一方、実際に管理職として「課長」に選任されれば課長として役職手当は付きますが、等級の方はそのままだったりします。結果的に7等級の課長がいたり、8等級の課長がいたりすることになります。つまり管理職層の等級とはいいながら、管理職位とは完全一致していないのです。ですから9等級の課長に対して8等級の部長が指示を出すということさえ起きたりします。あくまでも管理職層の定義に見合っているかどうかは本人の能力のことであり、誰に発令するかは組織の戦略に基づくものだから、必ずしも一致しないものなのだというのが、この現象を説明するときの表現なのですが、それにしても実際に部長をしているんだったらそれだけの能力はあると見込んでいるんだろうし、課長しか任せられないなら部長相当の等級というのはおかしくないか? となってきます。
しかも、管理職層と一般社員層を分けずに一連の格付にしていたり、途中から「一般社員用」「管理職用」に分かれていて、一般社員用の方はいわゆる専門職向けとして「専門性の高さ」を記述することもあります。
このように、管理職層をどのように位置づけるかによって階層数も変わってくることになるのです。役割等級的に運用するのであれば役職の階層を基準に決めることになりますが、職能を中心に設定するとなると「管理職としての能力」を階層化するしかありません。管理職の能力を階層化するとすれば、結局のところ役職位で区分するのが妥当という所に落ち着くことが多いです。

経験則としては

一般社員層は大区分で3つ。そのうち必要がある区分については2つに分けることがあるというパターンが多いように思います。階層数でいうと3~6ということになります。
問題はその上です。一般社員層の中でも習熟度が高い人、単に社歴がないというだけではない経験が豊富で業務に精通したプロフェッショナルな人、特殊な技術を持っていてほかの人にはできないしやってもらうには育成体系が社内にはないような仕事をしている人、サイズが小さくてその業務をする人は1人いれば十分なのでずっとその人がやっていてその領域では普通かもしれないけれど会社の中では余人を持って変えがたい人--こうした人の位置付けをどうするか、が課題になることは多いです。「エキスパート」として一般社員層の最上位に位置づけるのか、あるいはそれよりも一段上に位置づけるのか‥‥その会社の業務内容や将来の方向性などを視野に入れて考える必要があります。
また管理職の位置付けも十分な検討が必要です。一般的によくある管理職層を一般社員層の上に位置づけるという方法は、分かりやすいのですけれど、管理職として抜擢するということがしづらくなります。管理職層の等級と一般社員層の等級とは別のはしごにするという方法もあります。複線型人事制度といわれるものの多くはこのパターンなのですが、管理職ではなくなったときにどこに戻っていくのかが鍵になります。元いた等級に戻ると抜擢人事をした後に管理職を解かれたとき戻っていく先が抜擢された時点になりますから随分と下の等級になってしまいます。だからといって課長だった人は○等級と機械的に戻してしまうと、一般社員層の等級の定義が有名無実化してしまいます。
方法としては「仮等級」を設定しておいて、数年後に改めて格付けするということに落ち着くことが多いのですが、こうした一手間をかけるということが制度運用上は大切になります。