第05回 キャリアコンサルティングはどう貢献するか?

個人のキャリア形成支援を目的とする「キャリア・コンサルティング」というものがあるそうですね。これはどのようなもので、組織における人材の育成という観点から見てどのような意味があるのでしょうか?


キャリア・コンサルティングとは、2001年5月に厚生労働省が発表した第7次職業能力開発基本計画において、労働者が主体的に自分のキャリア形成や職業能力の取得に取り組むことを支援するためのシステムの一環として提示されたもので、「労働者が、その適性や職業経験などに応じて自ら職業生活設計を行い、これに即した職業選択や職業訓練の受講などの職業能力開発を効果的に行うことができるよう、労働者の希望に応じて実施される相談」を指します。

1.6つのステップ

ではキャリア・コンサルティングの内容はどのようなものでしょうか?
「キャリア・コンサルティング技法等に関する調査研究報告書」(2001年、厚生労働省)のキャリア・コンサルティング・マニュアルではキャリア形成の6つのステップとして以下の項目を挙げています。

  1.  自己理解=進路や職業・職務、キャリア形成に関して「自分自身」を理解する。
  2.  仕事理解=進路や職業・職務、キャリア・ルートの種類と内容を理解する。
  3.  啓発的経験=進路や意志決定の前に、体験してみる。
  4.  キャリア選択にかかる意志決定=相談の過程を経て、(選択肢の中から)選択する
  5.  方策の実行=仕事、就職、進学、キャリア・ルートの選択、能力開発の方向など、意志決定したことを実行する。
  6.  仕事への適応=それまでの相談を評価し、新しい職務等への適応を行う。

 キャリア・コンサルティングは、この6つのステップについて個人の活動を支援するものです。この順序に従って進められるものではなく、可逆的であり、どの項目に重心を置くかは個人の状況によります。中には一部のステップの支援があればあとは独力で進められるという人もいます。

2.内的キャリア重視

6つのステップの基本は、はじめに挙げられている自己理解です。ほかのどのステップも常に自己を振り返って確認したり、ある種の確信を持ったりしながら進めていくものですし、自己理解の乏しいまま別のステップに進んでも、結局は自己理解のステップに戻ってしまうことになるからです。
ここでいう「自分自身を理解する」とは、自分にどのような知識、スキル、経験、資格があるかといった棚卸しや、それらを活かせる仕事は何かといった適性診断にとどまりません。「どのようなことに働きがいを感じるか」「働く上でのモチベーションの源は何か」「生きていく上で働くということをどのように捉えているか」「そもそもどのようなことに生きがいを感じるのか」「どのような人生を送りたいと思っているのか」といった意味も含んでいます。内的キャリア、外的キャリアの両面から自分のキャリアについて考えるということです。
内的キャリアとは、働くことや仕事に求める意味や意義(=仕事の質、Quality Of Working Life)、さらに生きていくことや人生そのものに感じる意味や意義(=人生の質、Quality Of Life)という点から見たキャリアです。この内的キャリアが意味の世界、意義の世界であるとすれば、それを現実の中で実際に担う職務や職業、肩書きにしたのが外的キャリアです。
キャリアについて考えるというと、どのような仕事をすればよいのか、どんな職業につけばよいのかという外的キャリアの面になりがちですが、それだけでは不十分で、内的キャリアの側面の理解こそしっかりと支援する必要があります。
なぜなら外的キャリアは同じでも、内的キャリアが異なると、感じられる充実感も違ってくるからです。たとえば、同じように目標を達成した営業マンでも「上司から誉められるし賞与も増えた。もっと頑張ろう」という人もいれば、中には「目標達成のためとはいえ、半ば強引に契約を取ってしまいお客様に申し訳なくて喜べない。そうでもしないと受注できないのは向いてないからだ」と感じる人もいるでしょう。この違いは内的キャリアの違いに由来するものです。ここが分かっていないと、再び同じような外的キャリアを選択してしまうかもしれません。

3.内的キャリアの深化は外的キャリアの選択肢を広げる

また、内的キャリアに関わる自覚度合いの深まりは、外的キャリアの選択の幅を広げます。「教師になりたかったが教員採用試験に落ちた。どうすればいいのか分からない」と嘆く学生に、そもそも教師になりたかった理由やきっかけ、教師のどこに興味・関心を感じるのかといった内的な面を確認すると、例えば「何か新しいことを知ったり、できるようになったりしたときの、その人の輝いたような笑顔を見るが好きだから」ということが分かったりします。これが分かると考え得る外的キャリアは教師だけではないことにも気付きます。
このことは、「外的キャリアは環境要因によって選択を閉ざされてしまうことがある」という現実への対処をより適切に行えるようになるということも意味しています。
リストラクチャリングやM&Aなどの影響で職場や仕事は急になくなることがあります。社会構造の変化の中で職業そのものがなくなることもあります。こうして外的キャリアが失われてしまったとき、「明日から自分はどう生きればよいのか?」と立ちすくんでしまうケースは少なくありません。内的キャリア自覚が乏しいと、外的キャリアが失われただけなのに、自分のキャリアのすべてを失ったかのように感じてしまうのかもしれません。
キャリア・コンサルティングはこうした内的キャリア自覚を支援するのですが、ではそれを個人あるいは組織が活用するにはどうすればよいのでしょうか? 次回はこの点を採り上げましょう。


追記

当時は「6ステップ」として紹介していましたが、この「ステップ」という言い方は誤解を招きそうです。というのは1~6の順番に進めて行くことを暗に示していることになるからです。しかし、実際には文中にも記したとおりこの数字の順番に進むわけではありません。行ったり来たりするというのが正しい認識と言えるでしょう。その意味では「6つの領域(カテゴリー)」と呼ぶ方が適当でしょう。(2020年5月15日、記事を再録するに当たって)


この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。