第10回 個人にも必要な意識改革
キャリア形成支援策を組織内で展開しつつありますが、十分に利用されているとはいえない状況にあります。個人にとって望ましいことのはずなのになぜなのでしょうか?
キャリア相談室を設けたり自己申告制度や社内公募制度を始めたら、すぐにでもそれらが社員に活用されるかというと残念ながらそうでもありません。仕事を通して自分らしくあるための有力な手立てがもたらされたのに、なかなか腰が上がらないのはなぜでしょうか?
1.個人にも必要な価値観の大転換
一つにはこれまでの組織主導の人材育成に慣れ親しんでいる人にとって、自分で自分のキャリアを考えるということは人生観や労働観について大きな転換、パラダイム・シフトが求められることになるということが挙げられるでしょう。
組織主導とは別の言い方をすれば自分では考えなくてすむということです。個人主導のキャリア形成と言われて、良いことだと頭では分かっていてもなかなか具体的に動き出すことができないのは、その自由と権利を、責任と義務とともに渡されたことに戸惑いを感じ、組織の要請に応えてさえいればよかった時代を懐かしくさえ思うからではないでしょうか。
自分で自分のキャリアを考えようとする自律・自立派からみれば、組織任せの仕事人生とは他人任せの人生展開ですから、それで本当にいいのかと聞きたい衝動に駆られます。しかし組織主導やむなし(むしろ歓迎)派からすれば「これまでうまくやってきた。組織に属している以上、組織が決めることに従わなければ仕方がないし、皆でそれを分担しあってこそ組織は維持される。それに最近は組織もよく考えてくれるようになった。上司に恵まれるかどうかといった運不運という要素もあろうけれど人生とはそんなものだ。個人だ、自己決定だといわずにそっとしておいて欲しい」ということになるのです。
2.決められない? 決めたくない?
しかしそこには、冷静に見れば「自分では決められない」という本音が見え隠れしています。むしろ自分で決めないことで、不満足な結果であっても「自分の意志や力でこうなったわけではない。組織がこんな自分にしてしまったのだ」というように、周囲や自分に対する言い訳がしやすいということもありそうです。
同様のことが社会に出て仕事を選ぶとき、あるいはそれ以前に学校を選ぶときにも見られたのがこれまでの進路選択ではなかったでしょうか? 自分で決めたのではなく、学校の偏差値や就職ランキング、会社の知名度や規模といった社会や世間の物差し、そして親や先生の判断基準を無批判に借りてきてしまっていたのではないでしょうか?
しかし、そうした判断基準を借りたとしても、少なくとも「自分では決めない」という意志決定をしたのは自分です。したがっていずれにしても最終的に自分の人生についての責任は自分で負うしかありません。そのための判断基準、「自分の物差し」を持つことがキャリア開発の根幹ですし、「内的キャリア」の探索なのです。
3.見本が欲しい
また、自分で考えなければいけないのは分かるけれども、本当にそれでうまくいくのかどうか確信が持てない、他の人の様子を見てから決めたい、という人も少なくありません。日和見主義かもしれませんが、価値観の大変革ですから無理もないことです。
とすれば、キャリア形成支援は一律に行うのではなく自律・自立派社員への対応を先行し、「なるほどそうか、そのように考えればよいのか」と他の社員が得心するのを待つ方法もあるということになります。むしろ個々のキャリア形成のニーズに対応するという観点からすれば当然のことかもしれません。キャリア形成とは仕事を通じて自己実現を図っていくことですが、自己実現は「こうありたい」という自己像があってはじめて取り組めます。まだ自己像を持てないでいるのであれば、まずは先行者を支援する傍ら、そうした自己像をイメージすることから支援するなど、それぞれの段階に応じた支援が大切といえます。
4.CDは組織開発(OD)
このようにキャリア形成支援を具体化していく際には並行して社員のキャリアに対する意識改革をも進めることが重要です。それは集団の中にある価値観、文化の変容を促すことであり組織開発(Organization Development)とも言われるものです。個人のキャリア形成(Career Development)を支援するとは同時に組織開発に取り組むことでもあるのです。これらは車の両輪のようなもので一方だけですまされるものではありません。仕組みや枠組みを整えたからといってすぐに変化するものではないのです。
キャリアとは何か、キャリア形成とは何をすることなのか、自分のキャリアを考えながら理解を深めていくワークショップを開催するなどして理念を浸透させ、仕組みの具体的な活用イメージをもってもらうことが必要です。また管理職の日常業務の中での支援・指導も重要で、この点は前回、管理職がキャリア形成支援において果たす役割の中でも説明しています。
5.キャリア・カウンセリングの活用
またキャリア・カウンセリングも有用です。これまでに述べたように、自分のキャリアについて考えるならば、自分の内的な価値や判断基準、内的キャリアを丁寧に丹念に点検することが求められるからです。
当然、管理職がキャリア面接などで対応もしますが、本音の部分を自己確認しようと思えば「今の仕事ではモティベーションを感じられない」ということが話に上ることはあるものなのですが、今後の上司との関係を考えると、特にその仕事に熱意を持っている人であれば話すのがためらわれることがあります。また、キャリアは仕事以外の全人生と無縁ではありませんから、配偶者との関係や親の介護問題など個人生活面のこともテーマとなってきますが、こうしたプライベートなことは上司には話したくないということもあるでしょう。また、相談された管理職にとっても手に余る問題であったりもします。
外部の専門家に依頼することは、内的なプロセスを尊重するその専門性だけでなく、外部だからこそ相談できるというメリットもあります。こうしたことは体験してみなければ分かりませんから、具体的な活用イメージを知らせるなどの工夫も必要でしょう。
この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。