第12回 キャリアカウンセリングの実態と難しさ
キャリア・カウンセリングの現場は部外者は垣間見られず何が行われているのか分かりません。どのように進められるのでしょうか。またどのような点に難しさがあるのでしょうか?
前回説明しましたとおりキャリア・カウンセリング(以下CC)は、相談をする人(カウンセリー)が自己理解を深めて自分にとってよい意志決定を自ら行えるよう、専門家であるカウンセラーと行う協働のプロセスです。そこでは言葉によるやりとりが主体となります。しかしそれだけではなく、パーソナリティーや職業興味などを理解するためのアセスメントツールを用いることもありますし、必要に応じてインターネットからの職務情報などを収集、提供をすることもあります。後者では例えば厚生労働省が提供している日本版O-Netというサイトでは約500種類の職務情報を取得できるほか、質問に答えることである程度の適職探索ができるようになっていますし、職業能力評価基準では具体的な業種、職種、職務領域において必要とされる知識やスキル、行動がまとめられており、キャリア・ゴールに向けた具体的な行動計画を考える上での手掛かりになります。無論、これらはすべてカウンセリーの自己理解の促進に寄与し、抱えている問題を明らかにし、課題の解決を図る具体策を探索するなどの目的に使用されるのはいうまでもありません。
1.面接の環境
CCはキャリアに関わる面接ですから広い意味での仕事のことが取り上げられますが、担当している仕事についてという外的なものだけではなく、働きがいや生きがいといった本人の内的な価値に触れることも多くあります。ですから面接の場所は本人の秘密が確保されるところが適切です。基本的には言語を通じた関わりですから、お互いの会話が聞き取りやすく、表情などの非言語的な情報も捉えられるくらいの明るさのある、静かな部屋が望ましいといえるでしょう。
面接は概ね50分から1時間を目安とするところが多いようです。1回の面接で終了することもあれば、内容によっては何回か継続することもあります。カウンセリーの抱えている問題が自己理解や自己受容といった内面的な作業を踏まえた行動変容を図るといったものであれば面接回数は多くなりますし、キャリア・ゴールに向けた当面の課題をクリアにしたいということであれば1回で終わることが多くなるでしょう。
面接の回数は、面接のテーマだけでなく、例えばキャリア形成支援のためのワークショップの中に併設されているCCであるとか、キャリア相談室が常設ではないのでカウンセリーが継続的に利用できないなど、環境条件によっても変わります。
2.入口と出口
この時、その限られた機会の中で何をするかという、カウンセラーにとっての課題が発生することになります。「事例キャリア・カウンセリング」(横山哲夫ら、生産性出版)で小川信男が指摘しているCCの入口と出口の難しさという点です。入口とは面接の場で何をテーマとするのかということであり、出口とはどのように面接を終わるかということです。
先回紹介した事例でお分かりのように、相談に訪れた目的と面接の中でのテーマは必ずしも一致しません。本人が意識して明らかにしないこともありますが、問題を自覚していない方がむしろ多いかもしれません。気づいていれば相応の対処もできたでしょう。
面接の途中で明らかになった、いわば隠れていたテーマは、キャリアに大きく関係するだけでなく全人生上の問題であることが少なくありません。例えば上司との関係がうまく行かない理由の中に、父親との関係に起因すると推測される対人関係上の問題が伺える場合などがそれに当たるでしょう。
その場合に、カウンセラーはカウンセリーが今ここで話している上司との関係改善に焦点を当て続けるのか、それともカウンセラーが気づいた、本人が自覚しているかどうか分からない問題に触れるのかの判断を迫られます。
父親との関係に焦点を当てるとすれば数回の面接を要すると予測されるにもかかわらず、このカウンセリーとの面接は今回しかないとすればカウンセラーはどちらに焦点を当てるのかを悩むことになります。
また終わり方にしても、そのことに全く触れずに終わるのか、あるいは別に継続的なカウンセリングを受けることを進めるのかという問題があります。触れることが本人を混乱に陥れるかもしれませんし、触れなければ本人はそれに気づかないまま問題を繰り返すことになるかもしれません。
ではどうすればよいのか。ここに一般解は存在しません。あくまでもカウンセリーの自己理解の程度、カウンセリーとカウンセラーの関係構築の程度、CCの場に関わる外部環境要因などに左右されるからです。こうしたCCならではの特徴を理解した専門家であるキャリア・カウンセラーが望まれます。
3.終わりに
CCをはじめとするキャリア形成支援策の組織展開について取り上げてきたこの連載も今回が最後ですが、終わるにあたって是非、お伝えしておきたいのは急いで百点満点を目指さず、じっくりと進めることです。仕組み作りを急がないで欲しいのです。
私たちがキャリア形成支援を推進するのは、働く人たちには自分らしく働くことで有意義な仕事人生を送ってもらいたいし、そうすることが組織に対して高い生産性や創造性をもたらすことになるからであり、そうした状況を作り上げたいからです。早く仕組みを導入して機能することを望むことは決して間違いではありませんが、却って反発を招いたり、理解の不足から利用されない状況につながったりします。組織の成熟度に合わせてじっくりと取り組み、まずは及第点をとることを目指し、毎年毎年少しずつでも良いものにしていき、良くなってきたなという実感をみんなにもってもらうことが重要です。結果的に機能しなかった人事制度の多くが、担当部署の自己満足に陥っていた例が多いことを忘れないようにしておきたいものです。
この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。