第07回 組織内でキャリア開発を展開するためのコツ
キャリア形成の重要性は分かるのですが、具体的な施策を組織内で展開するとなると、能力開発担当者が頑張ってもなかなか理解を得られず、進められません。どのように進めればよいのでしょうか?
組織内で個人のキャリア形成支援を進めていこうとするときに立ちはだかるものは大きく三つあります。それは①経営層の無理解②管理職の非協力③キャリア開発の主役である働く個人自身の変化への抵抗です。このうち能力開発担当者が最初にぶつかる問題が「経営層の理解が得られない」ということでしょう。
1.担当者のコミットメントは十分か?
理解が得られないといってもいくつかのパターンがあるようです。第1は担当者がキャリア開発の意味や目的をきちんと伝えられていないというものです。この場合は残念ながら学習を深めていただくほかありませんが、実は自分自身が納得しきれていないというケースもあります。つまり、個人が意欲を持って働こうとするのは自分が成長していると感じられ、またこうありたいという自己の理想像に近づいていることを実感できるときであり、そのことが組織の活性化、生産性の向上につながるということを、知識としては理解できているけれども、腑には落ちていないというような場合です。
組織としてキャリア開発を進めるということは、これまでの組織主導・集団主義・年功序列の風土を変えようとする組織改革・意識変革に取り組むことにほかなりません。これを進めるためには担当者のコミットメント、つまり変革にかける意気込み・決意の強さが大きく影響します。実際にキャリア開発がうまく機能している企業の担当者にお会いすると、その熱意、人間に対する理解の深さには頭の下がる思いがします。導入時の能力開発担当者のコミットメントは重要です。
2.キャリア開発は「お互いさま」
第2に「個人が自分のキャリアを自由に考えるようになったら、優秀な社員が辞めたり、個人の主張ばかりで組織が立ちゆかなくなるのではないか」という反論があります。確かに個人のキャリア・プランと組織の要請は一致するとは限りません。個人の希望を聞いておいてそれに応えられないと、かえって寝た子を起こすことになりかねないのではないかという懸念もあるでしょう。
しかし個人のキャリア形成支援を組織が打ち出すことで優秀な社員が外部に流出してしまったという話を、筆者は浅学寡聞のためか耳にする機会を得ていません。むしろ逆で、組織が期待していた人が離職するときには「この組織にいては自分がどう成長していけるかが分からない」という、キャリアプランを見いだせない、将来への曖昧な不安が引き金になっているケースが多いようです。
また、キャリア開発においては個人も組織も相互に「お互いさま」の関係にあります。役に立たなくなったからと相手との関係を一方的に解消していくことは、それを組織が行えば人材の使い捨てになりますし、個人が行えば職務経験を目的とした自己中心的なジョブ・ホッピングになります。こうした関係はキャリア開発の目指すところではありません。組織導入の際は、キャリア開発とは個人の勝手気ままを保証するのが目的ではなく、お互いに相手の意思を尊重しあう関係であることを、組織にも個人にも説明する必要があります。
また実際には組織がキャリア開発に取り組んだからといってすぐに自分たち思いの通りに仕事が選べると個人の方も思ってはいません。先に述べたように個人の方にもこれまでの組織風土から変わることへの不安があるからです。だからこそじっくりと着実に進めていくことが大切になってきます。
3.経営管理の視点からも考える
3つめは「趣旨も分かるし良いことだとは思うが、それが組織にどんな成果をもたらすのか」という反応でしょう。教育や研修の成果を具体化、可視化することへの要請は高まっていますから、こうした反応はごく当然です。キャリア開発を推進する立場としては先行事例の調査をしたり、導入後もアンケート調査などで説明する試みを続けなければなりません。
ところでこの「成果はあるのか」という言葉の裏には「具体的な(数量的な)証拠」よりも、「組織にプラスに作用するという確信」の方が問われています。人材育成の結果はそれほど簡単に現れてくるものではないことは経営層も知っています。示さなければならないのは、キャリア開発とはいかなるものでどのように展開していくかという方法論ではなく、経営理念・経営計画の実現の観点から今は何をなすべきであり、それに対してキャリア開発がどう寄与することができるかということです。能力開発担当者は人材育成の専門家であることも必要ですが、経営管理の視点からの発想、提案、説明能力も求められます。
4.敢えてこの時期は個人主導
4つめは、「そうしたことは個人が自分の責任においてすべきで、組織が行う必要はないだろう」という反応です。この指摘には一理ありますが、これまでが組織主導で、組織が示すとおりにすることを求めてきたのに、急にこれからは自分で決めなさいというのでは、個人は戸惑うばかりです。組織風土の変革のタイミングである今の時期だからこそ、組織が個人を支援し、敢えて個人主導気味に推進する必要があるのです。
5.形よりも質、繰り返しの働きかけ
組織導入を進めるにあたってもう一つ留意していただきたい点を挙げるならば、制度改革やキャリア相談室作りが前提条件ではないということがあります。先に述べたようにキャリア開発に取り組むということは組織風土を変えていくという面も持ちます。「新しい葡萄酒は新しい革袋に」とばかりに制度を刷新するのも一つの方法ですが、社内にある制度や賛同してくれる人など、使えるリソースをできるだけ利用することを考えたいものです。
新しい仕組みを導入すると多くの手間がかかりますし、個人の変化への抵抗を起こしやすくなります。今ある制度の改訂であれば賛同を得やすいのです。あの手この手で、できるところからコツコツと変え、やがて大きな変革へとつなげていくのは、回り道のように見えて実はとても堅実な方策なのです。
この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。