第03回 従来のCDPとの違いは?
かつてCDP(Career Development Program、キャリア開発プログラム)の企業導入が相次いだ時期がありました。キャリア・パスや能力開発体系を策定してみたもののうまく機能しなかったケースが少なくないと聞いています。それとここで取り上げているキャリア開発とは違うのでしょうか?
CDPを「能力開発体系」あるいは「経歴管理」と呼んで、従業員の中長期的なキャリア・パスを設定し、これに合わせて配置転換や階層別教育などの教育訓練を体系化することが昭和30年代末から始まりました。この後「昭和59年版労働経済分析」(労働省=当時)では、五千人以上の大企業で10%内外の比率で実施され、3割近くが検討中とのデータもあることから、今後CDPに対する関心が高まるだろうと予測しました。しかし最近はこうした話はあまり聞かれません。「CDP? そういえばかつて、かなり詳細につくったけれど使う場面は少なかった」という話さえ聞きます。
CDPを検討することはあまり意味のないことなのでしょうか? それとも、キャリアに対する関心が高まっている現在のCDPは当時のCDPと異なるのでしょうか?
1.かつてのCDPは組織主導
結論から言うとかつてのCDPと、今改めて取りざたされているCDPは、呼称は同じでも質的、理念的には大きな違いがあります。
かつてのCDPは管理職育成を前提としたゼネラリスト志向でした。管理職以外のコースを想定するケースもありますが、実質的には「管理職ではないコース」の位置付けであって、管理職かそれ以外かの選択肢だったと言えます。そうなったのはCDPが個人のキャリア開発という視点ではなく、組織サイドの要請で組み立てられていたからです。組織が必要とする人材、それが当時は管理職だったわけで、管理職を効率的に組織主導で育成していくためのCDPだったのです。
従って個人が意志を反映させる機会はほとんどありません。ただ当時は、個人の側も、多くは役員を頂上とする一本梯子のキャリア・ラダーをいかに早く、高く登るかに関心があったので、齟齬はそれほど問題にはなりませんでした。
2.理念不在、形式先行
もう一つの要因として、各社が「右へ倣え」とばかりに導入を急いだことがあります。文字通り、形を倣って仕組みを採り入れたのです。すべてのCDPがそうであったわけではありませんが、多くの場合が、なぜCDPなのか、CDPの導入によって何を実現しようとしているのか、そもそもCDPを運用するベースとなる人間観、労働観といった基本理念は何か-といった事を吟味、確認することなく、「他社が導入してうまくいっているらしいから我が社でも」がきっかけとなったところが少なくないのです。
形式だけ採用した結果、3年たったからと本人の意向にはお構いなく決められたパターンで異動させる「配置転換」や、そろそろ時期だからと実施する「階層別教育」、年次管理を主体とする昇格審査などなど、個人を顧みない、融通の利かない仕組みができあがってしまいました。
そうすると運用の段階では現実とのずれが発生してうまく機能しなかったり、逆に現実に合わせすぎてなし崩しになったりして、その結果、「CDPを作ってはみたものの・・」ということになったのです。
3.まずCDPの理念から
CDPに限らないのですが、枠組みや仕組みを作る前に、そもそもキャリア開発とは何か、従業員のキャリア開発を組織が支援するとはどういうことなのか、その根拠となる理念は何か、といったことをその組織なりにどう考えるかを確認しておく必要があります。基本的な考え方が定まっていると、個別対応を考えなければならなくなったときにも原点に立ち戻って考えられるので意志決定の軸がぶれないからです。
ここで言う理念とは、組織が求める人材観だけでなく、より基本的な人間観、労働観、仕事観なども含みます。例えばD.マグレガーが提示したX理論、Y理論という考え方がありますが、このうちどちらのスタンスをとるのかによってCDPの内容が、たとえ含まれる制度の名前は同じであっても運用が異なってくることは想像に難くないでしょう。
4.組織と個人の共生関係
第3の違いは、個人と組織の関係をどのように捉えるかということです。先に説明したように、従前のCDPは組織主導であり、モデルとなるキャリア・パスに全ての従業員を合わせようとしていました。しかし前回ご説明したように「キャリア=仕事人生」と捉えると、その過ごし方、働きがいの感じ方は個人によって異なります。働く人たちのやりがい、働きがいを引き出そうとするなら、組織が一方的、一律にキャリア・パスを設けることは効果的とはいえません。
かといって個人が、自分の思うままにキャリアを展開できるのがよいのかと言えば、それはある意味では理想かもしれませんが、経営理念を実現するための組織運営という観点から見ると現実的ではありません。個人も活かしながら、組織の要請も成り立つような、そんな両者が共生できるような関係を構築することが望まれます。それはいつでも対等関係といった固定的なものではなく、組織優先のこともあるけれども、ある時には個人優先にもなるという、動的な関係です。そのある時とは「節目」という言い方もできるでしょう。キャリア上の節目ではきちんと意志を相互に発信し、それを受け止め、解決を模索する関係です。
5.組織と個人の自覚度がカギ
このような共生関係を具体化するための仕組みがこれからのCDPなのです。自己申告制度などのようにかつてのCDPにもあった制度でも、個人も組織も尊重するという共生関係という理念が加わるとその運用は異なったものになります。
また制度を活かすのは組織だけの問題ではなくてそれを活用する個人の方にも準備しなければならないことが出てきます。キャリア・カウンセリングはこの場面で大きな役割を果たします。そこで次回は、キャリア形成支援という観点からCDPの具体的な内容について説明したいと思います
この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。