あるチェーン店での例~アイランドモデルをベースにした人事制度(状況編)

ここではアイランドモデルをベースに開発したあるチェーン店の人事制度を一つの事例としてとりあげます。実際に利用されているものではありますが、守秘義務の観点から組織の規模、業種などは若干変えてあります。
ただし、なぜこうした制度になったのかという背景はとても重要なので、近いものにしています。というのは、制度設計に当たってはその組織の収益構造は当然考慮する必要があるものの、それにもましてその組織でどのようなことが課題になっているのか、どのようにしていきたいのかが影響を持っているからです。

この事例の会社の課題

チェーン店を展開している組織。それぞれの店舗の店長が、自身の担当する店舗においてオーナー感を持って取り組んでもらうことが、その店舗の業績を大きく左右すると考えられています(実際に店長が替わると来店者数が変わるだけでなく、アルバイト/パートさんの定着度合いが異なるので募集費や採用費、人件費も異なってきます)。しかし、実際には本部の指示を待っている店長が多く、その指示を徹底する役割のスーパーバイザー(担当する地域のいくつかの店舗をまとめる役割でもあり、その地域の業績責任も負っています)が各店舗を回るのですが、担当店舗は多く、それほどこまめには回れません。しかも店長やスタッフを休ませるために、ヘルプとして代わって店舗に入ることもあり、指導に時間をとれないでいます。このことが、本部は自分たちにきちんと伝えてくれないという店長の不満を増大させることにもなっています。
チェーン店経営では事業規模を大きくしていくことが、お店のブランド力を高めていくことになりますし、調達という観点で購買ボリュームを持つことが単価を低減するだけでなく、仕入れ先とのパワーバランスの最適化を促進するというメリットがあるので、可能であれば新店を出そうとします。出店するには優秀な店長が必要となります。出店してはみたものの業績が足を引っ張ることになってはいけないので店長の育成はどこでも大きな課題となっています。この事例の会社でも、できるだけ早く店長を育成し出店を進めていきたいところです。
一方店長にしてみれば、店長になった後のキャリア展開が見えづらく、不安という面も出てきています。創業から20年近く経っているので、同程度に長い間店長をやっているという人もいます。店長経験の後はスーパーバイザー、そして本部のいくつかの部署を経験した後に部長、本部長‥‥というのが、目に見えやすい典型的なキャリアパスなのですが、それほど多くの人がそうなれるわけではありません。そもそも収益を生み出すのは本部ではなく店舗なので、本部はよくいえば”少数”精鋭、言葉を選ばず言えば必要最低限の人員しか抱えない状態なので、店長が本部を目指しても受け入れる余地はそれほど大きくありません。また、本部の業務は創業当時よりも専門職化も進んでいて、店長経験はあった方がもちろんよいのですが、それだけでは不十分になってきています。たとえば商品開発の部門では、商品そのものの知識もさることながら、調達に関わる知識や折衝力も必要となります。チェーン店だと一度に多くの量を仕入れることになりますから、商品の良し悪しだけでなく物流面にも気を配らなければならないのです。しかし店長時代はチェーン店ですから調達は本部がやっており、知識も経験も取得できません。本部に行くというのはそう簡単ではなくなっているのですが、そうした状況はあまり共有されていません。
一方で、接客業が好きでこの仕事を選んでいる人も多く、店長をやっていることにそれほど強い不満があるわけではないという人も少なくありません。ただ、こうした人でも、評価の高い店長が本部に「栄転」していくのをみるとやるせない感じにはなるのです。「店舗が大事だ」と機会あるごとに経営陣からいわれて店長であることに誇りも感じるし仕事も気に入ってはいるのだけれども、同僚がラダーを上っていくのをみると取り残されたような感じがしてしまうのです。
会社としてはお店が最も大事と考えているので、店長がモチベーションを失わないよう、成長した実感が持てるように同じ店長でも等級を高くするなどの対策はとっています。等級と役職のリンクは緩やかなので、店長として同じ仕事をしていても等級のランク数は5段階あります。それに応じて給与も高くなっていくようになっています。ただ、それが若手店長には、「あの人たちは同じ店長なのに長くいるだけで等級が高くなり給与も高い」という不満に結びついていたりします。

もともとの制度

社内格付は職能等級

先に触れましたが、既に等級制度が取り入れられています。本人の能力に基づく職能資格制度で、いわゆる複線型ではありません。基本的な能力要件が設定されています。職種別のものは導入時に作成されたものがあるものの、その後、等級数を増やす改定を実施していて、その際に基本的な能力要件は修正されましたが、職種別のものには手を付けていないので古いままです。等級を増やす改定は店長がステップアップを実感できるようにするのが目的だったので、店長職以外の職種については等級ごとの書き分けを改めるのが難しかったという事情もあります。
昇格に必要な年数(最短滞留年数)があるので上位等級に進むには一定以上の勤続年数が必要になります。また基本的に降格はありません。また一般職層の等級には最長滞留年数が設定されていて、ある程度の等級までは昇格できるようになっているので、等級は年更的になっています。
役職と等級は緩やかにリンクしています。店長という役職に就ける等級は5階層分あります。つまり6等級の店長もいれば7等級、8等級の店長もいるといった具合です。

評価は業績と能力

評価項目は、店長についていえば担当する店舗の売り上げ、利益、客数などの「業績評価」と店長としての能力を評価する「能力評価」で構成されています。
また、店舗の状況をチェックする「店舗監査」というのを抜き打ちで実施しており、これを点数化したものを店長の評価に反映することもあります。
評価の内容は毎年見直されていて、店舗監査の結果は評価の中に入るときもあれば入らないときもあります。店舗監査の内容も変わりますし、点数化しづらいこともあるからです。また、抜き打ちで実施するため、店長が居合わせる時と不在の時があるなどして監査の結果に納得できないという声もあります。
また監査はお店の状態を確認し、さらによい店をつくるために実施するものなので、もちろん不具合はない方がよいけれど、あったとしてもその分だけお店をよくするチャンスがあると考えるべきものといえます。しかしそれを評価に使用すると、なんとか見つからないようにしたいという発想になり、隠したりごまかしたりするようになって、かえってお店の改善につながらなくなる-と考えて評価から外しておくという時期もありました。

能力評価を昇給へ

業績評価と能力評価はそれぞれ配点を変えて給与や賞与、社内格付に反映されます。
まず給与。給与は基本給と手当で構成されています。基本給は年齢給+職能給となっています。年齢給は年齢に応じて決まっています。一定年齢以上は据え置きになります。高校生、専門学校生、短期大学生、大学生、大学院生を新卒採用をしているのでこの間の年齢に合わせて調整をすること、結婚/出産の時期には子育てのために増えていく支出を下支えする必要がある-と考えていることが一定年齢までは増額させていく理由です。
職能給はいわゆるテーブル方式で等級ごとに最低額と最高額が決まっています。昇格すると少なくとも上位等級の最低額までは引き上げられます。ただ等級ごとに重なっている部分があるので、すでに上位等級の最低額を超過している場合は、昇格時には昇格前の職能給より高くて最も近い額になります(いわゆる直近上位)。上限に達するとそれ以上の昇給はありませんが、かなり幅広に設定しているので、上限に届くことまでその等級にいることはあまりありません。ただそれより上がない最上位等級の場合は張り付いてしまいます。また、テーブル内の1コマ分(1号分)の昇給額は上位等級の方が多いのですが、同じ等級でもある程度高くなると1コマ分(1号分)の昇給額は小さくなります(職能給では「張り出し昇給」と呼ばれる方法です)。同じ等級にいるとやがて昇給のペースが落ちて、最終的には据え置きになるという設計です。
昇給額の決定に際しては1年分の評価を使います。1年分といっても、6カ月ごとに定期賞与を支給するために業績評価をしているのでそれと、1年に1度実施する能力評価を合わせて「昇給評価」として取りまとめるという方法です。このとき、業績評価部分と能力評価部分のウエート(反映する比率)が等級によって異なります。上位等級になるほどに業績評価の比率が高くなります。
店長についてみたときに、上位等級になると業績評価のウエートが高くなるというのは妥当なように見えますがあまり合理的とはいえません。等級の高さと店長が担当する店舗の間にはあまり関係がないからです。もちろん高い等級であれば店長としての実力も高いので会社にとって主要な店舗を任されることとなり、だからこそ業績に対する責任も重くなるという筋書きも成り立つのですが、実際はそうはいきません。先に記したように降格がないので等級はどうしても年更的になるので実力を示しているとは限らないからです。また、実力のある店長には、力を入れたい新規出店の店舗や新しい業態の店舗、あるいは競合他社が出店してきてこれに何とか対抗しなければいけない店舗、そして前の店長のマネジメントが不調で業績が振るわなかったので立て直しのために派遣する店舗だとかを任せることもあるからです。そしてこうした店舗は業績が高いとは限りませんし、ましてや競合他社対策や立て直しなどは短期に成果が現れるとは限りません。もとより等級の高い店長には難しい店舗を任せることが多いのだと考えると、業績評価の比率は同じでもよいのではないかという考え方もあるのです。
また手当は役職手当、住宅手当など比較的一般的なものです。役職手当はその名前の通り役職に応じて金額が設定されているもので、店長であれば「店長手当」として一律です。スーパーバーザー、部長、本部長というように役職が上がると役職手当の金額も増えます。ごく当たり前に見えますが、「店長が大切」「店長こそが会社の原動力」といくら言ってもスーパーバイザーや部長の方が金額が高ければ会社としてはそちらを重視していると言っていることになってしまいます。先の業績評価の比率にしてもそうですが、人事制度は会社の経営理念を実現するためのものであるにも関わらず、制度面ではそれに反するような「裏メッセージ」があると結果的にはうまく機能しません。

業績評価を賞与へ

賞与は業績評価のみ用いられます。先に記したように半年に1度の定期賞与にその前の半年間の業績評価の結果が反映されます。
いくつか課題となっていることがあります。お客様商売をしているところではよくあることですが、こちらの会社の店舗も同様に季節変動があります。上半期の業績がよかったとしても、書き入れ時は下半期にあってこちらの方がよくないと結果的に年間では業績は振るわなかったということが起こりうるところです。実際には賞与の支給月数を下半期の方を厚くしたりするなどの工夫もしていましたが、やはり「上半期は今ひとつだったので賞与は低かったが、下半期は大いに改善した。下半期の賞与をもっと手厚くしないと年間の賞与支給額では平均並みになってしまう」といったことが起こり、下半期の評価をもっとよくすることで年間支給額を上げたいとして評価そのものを修正してしまうということが起きたりします(逆もあります)。
もう一つの課題は業績評価が達成度評価となっている点です。達成度評価とは期首に設定した目標に対して実績はどうであったかを比率で求め、それを評点に換算していくものです。各店舗には経営計画に基づいて売上目標や利益目標が設定されていて、それをどれほどクリアしたかを評点としていくのですから、経営計画に店長の目を向ける有力な方法といえます。また一般的によく使われている方法でもあります。ただ、その目標の妥当性が課題です。経営計画を達成するという前提に立てば各店の目標は全社目標を分解して設定することになります。その際、前年実績などを元に設定するものの、店舗にはそれぞれ事情があります。もう店舗としてのキャパに近い売り上げを出しているところもあれば、まだまだ余力のある店舗もあります。両店舗に同様の伸びを見込んだ目標を設定してよいものでしょうか。また、伸び率が対前年比5%増といっても、小さな店舗であればちょっとしたことで達成できたりしますが、大きい店舗だとなかなか大変だったりします。
会社からすれば「経営計画達成のために総力を挙げて取り組もう」ということでも、店長からすれば押しつけられた数字でしかないのです。それを達成したかどうかを評価されるのであれば、計画策定のためのヒアリングの際はできるだけ低めの数字を伝えて置いた方が「得」ということになってしまいます。本来であればさらに業績を伸ばすためにどうしようかという打合せをする場であるはずなのに、できるだけ目標を抑制しようとする店長とそれをどうにかやる気にさせようというスーパーバイザーや部長との、どちらかというとうち向きな議論を呼んでしまうことになります。
また、賞与支給額の決定という観点では、「店舗の方が大変なのに本部と賞与支給月数が変わらないのは納得がいかない」という意見が店舗側から上がることがたびたびあります。本部スタッフからすれば、店舗の業績が上がるようにいろいろと支援はしているし、そもそも「本部が稼いでいるわけではない」というポリシーがあって人数は必要最小限となっていてかなり忙しいので、店舗だけが頑張っているように言われるのは心外であったりします。
ただそうした本部の状態は、店舗からは見えません。店長から見える本部というのは「組織図」上の本部であって、本社に行く機会はなかなかありませんから、本部の人といっても実際に会って話をするのはスーパーバイザーだけなのです。他は部署名は分かってもそこで具体的に何をしているかは分かりませんし、組織図に名前は書いているけれど会ったことのない人です。なので「いいなぁ本部の人はデスクワークが主体で時間外勤務も少なそうだし‥‥」と想像しているだけだったりします。
そもそも店長の後のキャリアパスを考えると「本部に行く」ことは選択肢の一つなのですが、なかなか訪問する機会もなければ、異動する機会となるとさらに少なさそうない。そうした閉塞感が、かえってある種のやっかみを生んでいるという面もあるのかもしれません。

昇格

昇格は年に1度検討されます。前に記した昇給のための評価をこちらにも使います。
先に記したように等級ごとに最長、標準、最短のそれぞれの年数が指定されています。標準的な評価であれば標準滞留年数で昇格していきます。
職務遂行能力を評価しているので、同じような仕事をしている限り降格はありません。能力が損耗するというのは考えづらいからです。しかし、役職と等級が緩やかに結びついてますから、役職を外れたときにどう対処するかという課題が出てきます。店長ではなくなることがあるからです。先に出店していくためには店長が必要と記しましたが、中には店長に向いていない人も出てきますし、採用した人数に合わせて出店できるわけでもありません。とすると、どうしても店長から一般社員に降職するケースも出てきます。緩やかにリンクしているとはいえ、役職が解かれた場合、それに見合った等級へ移行する(多くの場合は降格)することが必要になりますが、降職かつ降格のダブルパンチというのは忍びないということから、等級は据え置くことが慣例となっています。結果的に同じ等級に店長と店長ではない人が混在することになります。もともと店長に任命される等級の幅が広いので、やがて等級と役職は緩やかにリンクしているというのではなく混然としているということになってしまいます。

課題のまとめ

人事制度上抱えている課題を整理してみましょう

  1. 職能等級が年更的になりやすく、実際の能力とは乖離しがち。結果として報酬水準も実際の貢献とは乖離しがち
  2. 店長から後のキャリア展開の先が見えない
  3. 労働人口の減少が見込まれる中、優秀な店長がモチベーションを維持しながら店長職をやり続けるというイメージも湧かない

ではこうした課題にどう対処するのでしょうか。制度設計編はこちら