あるチェーン店での例~アイランドモデルをベースにした人事制度(設計編)

こちらに示したチェーン店の会社で導入した制度の概要とそのように設定した理由を述べていきます。
「こうでなければならない」「こうすべきだ」というわけではありません。あくまでもこの事例の会社の経営理念の実現を念頭に、アイランドモデルに従って制度構築をしていった結果、このようになったということです。「これはこの会社だからできたこと」「うちは難しいな、だって○○は‥‥だし、✕✕は‥‥だし」と思いながら読んでみていただいても構わないのですが、そもそもどこの会社にも適合する人事制度というものはありません(あれば、それさえ知っていればコンサルタントは食べていけます)ので、これそのものを導入できるかどうかという視点ではなく、構築していく筋道や考え方に目を向けていただくと良いのではないかと思います。
それぞれの会社にはそれぞれの経営理念があり、事業構造があります。また、そこに至るまでに醸成されている組織文化もあります。そうしたものをうまく取り込んで制度を構築しないと、竹に木を接いだような妙なものになってしまいます。
ここでは事例を通して「考え方」の考え方のようなものをお伝えできればと思います。

前提として~なぜアイランドモデルをとったか

店長が主役の会社に

制度設計の起点にあったのは店長の活性化です。状況の所でも説明しましたが、店舗が会社の収益の源泉であり、その業績を左右するのは店長のスタンスです。チェーン店では「本部」(あるいは本社)が各店舗にどのような商品をどのように売るのかといったことや、パートさんアルバイトさんとの契約のあり方とか、多くの指示を出します。これはチェーン店はどこに行っても同様の商品、サービスを提供することでお客様からの信頼され、ご愛顧いただけるようになっているからです。お客様は「看板」を信頼しているので、その信頼に応えるためにはどの店舗でも同様の商品、サービスを提供する必要があるということでもあります。なので本部からは「いろいろあるだろうけれど指示したとおりにして下さい」というスタンスで指示を出すことになります。
本来、本部と店舗は機能分担しているだけなのでどちらが上とか下とかはないはずなのですが、この「指示」を出す/受けるという関係が、なぜか「言うことを聞かせる」/「言うことを聞く」という関係へ、そして上下関係へと変化してしまいます。
役職名もこうした傾向を強化します。特に店長を指導する立場にあるスーパーバイザー。チェーン店においては各店舗をよい状態に保ち、お客様の信頼を得て、商機を逃さず適正な価格で販売できるようにするために、店長に必要な情報を伝え、アドバイスし、またそこで働くパートさんアルバイトさんが気分よく働けるように助言、支援するのが役割で、そうすることで各店舗がお客様によい時間を提供できるようにするのです。実行するのは店長やお店のスタッフであることを考えると、スパーバイザーは必要なことを「させる」と同時に「していただく」というスタンスでもあります。どちらが上というわけでもありませんが、スーパーバイザーという役職名や「決められたことはちゃんとやって欲しい」というスタンスが、あたかもそこに上下関係があるような誤解を生んでしまいます。とくにスーパーバイザーが評価権(人事考課をする権限)を持つとなおのことです。
「店長が主役」といくら言葉で伝えてもなかなかそのように変わっていかないのは、本来は意図していない意味や文脈がその組織内に潜んでいるからです。潜むというと悪いイメージに見えるかもしれませんが、例えば「”本部”というのは方針を示す組織のコアであり中心である」「指示する者は指示される者より偉い」という暗黙の了解があるから組織がうまく回っているという面もあります。いちいち「そもそも本部というものは」とか「指示するのはなぜかというと‥‥」ということを説明していては手間ばかりかかってしまいます。これらは「一般常識」だったりその組織の組織文化として定着し、事細かく説明しなくても組織が回っていくことを支えているのです。そして、暗黙の了解であるが故に、それを前提とした仕組みや制度を改定していくときには、改めてそうした暗黙の部分、組織文化や組織風土の変革も進めていかなければなりません。
暗黙の了解の一つがラダーモデルだったのです。

「店長として入社し、店長として退社する」をメーンストリームに

会社としては「店長」が主な職務であり採用するときにも店長を希望する人を中心に採用しています。店長が接客が楽しいと思い、自分の店を気に入って仕事をしてくれることが、本人にとって好ましいことであれば、来店するお客様は心地よいはずであるし、そうなれば会社としても事業がうまく行くのです。そして「本人」にとっても「お客様」にとっても「会社」にとってもよい状態をいかに長く常態として実現できるかもポイントです。端的に言えば入社してから退職するまで、店長として充実した時間を過ごせるにはどうするのかということなのです。
しかし、実際には「本部の管理職」がキャリアゴールとして語られることが少なくありません。これは会社として示しているわけではありません。会社としては「店長が主役」なのであって、本部の管理職は店長(と客様)の為にあるようなものと考えていますし、毎年の経営方針発表会や社内報でもそう発信しています。ところが「世間の一般常識」というものが「本部」や「管理職」の方を「上」としているので、なんとなく会社内でもそうした感じになってしまうのです。
これを明確に否定すると同時に、それに代わる概念、キャリア開発の考え方を示す必要があります。そこで役職の階段を上るラダーモデルではなく、「気に入っているのであれば、その島にずっと住み続けるのはあり」というようなアイランドモデルとして制度を構築し、社員がイメージしやすくすることにしました。

「オーナー」として役員を上回る処遇もあってよい

制度もそれに合わせる必要があります。組織の階層を上がっていくことだけがキャリアの方向性ではなく、ずっと店長でいてもいいといっても、それに合わせた、そのことが実感できるような制度にしておく必要があります。
もとより店長には店舗のオーナー(経営者)としての感覚を持ってほしいと会社では考えていましたが、オーナーということであれば、会社の経営者がオーナーとして会社の業績に責任を負い、それに応じた処遇となるのであれば、店長もその店の業績に責任を負い、それに応じた処遇となってしかるべきです。そこで、店長については1年間の業績責任を明確にし、その達成に合わせて賞与をダイナミックに反映して年収ベースでいうとスーパーバイザーや部長よりも高く、本部長(役員)並みの支給もあり得るような設計にしました。ただ、チェーン店である以上、担当している店舗だけで業績を挙げられるわけではありません。前述のように「看板」があってお客様が来て下さっているという点もあります。とすれば、会社全体の業績向上への関与、つまり自店のノウハウを他店の店長にも共有して全店で業績が高まるようにすることも考えてもらうことも必要なので、役員並みの処遇となるための重要なファクターとなる「賞与」については年2回の定期賞与とは別に、会社の税引き前利益に応じて賞与支給原資が変動する業績賞与を創設しました。会社全体の利益が大きくなればこの業績賞与原資が大きくなり、自店の業績がよければ、賞与原資のより多くが自身に配分されるという仕組みです。
税引き前利益なので直接原価だけでなく間接費にも目が向くことになります。本部に関わる費用にも当然目が向けられることになり、本部から店舗への支援のあり方もより効率のよいもの、効果的なものを求めるようになり、提案(というよりもかなり強めの依頼)も多くなります。本部と店舗のバランスも変わることとなります。

制度の概要

では具体的にどのような変更を行ったのでしょうか?

社内格付は役割等級

個人の職務遂行能力に基づいて格付を行う職能資格制度を、役割を格付ける役割等級への変更しました。同じ「店長」の仕事をしているのに等級が異なるのは以下の点で合理的ではないと考えたからです。
一つは状況編でも説明したように、職能資格等級はどうしても年更的になってしまいやすいこと。「若手の店長の方がフットワークが軽くて対応が早いのに等級が低くて報酬も少ない、一方の中高年店長は動きが鈍いのにこれまでの経験とかで高い等級にいて報酬も高いのは納得できない」という声が少なくなかったのです。実際には若手の店長の中には経験が乏しいがゆえの判断の甘さがあったり、熟練店長でもフットワークのよい人がいたりでこの指摘がだれにでもあてはまるわけではありません。しかし、そういうイメージを作り出してしまうのが、「滞留年数」を加味した職能資格等級制度なのです。考えてみればお客様からみれば、年齢はもとより社内格付もあまり関係ありません。社内等級の高さはお客様には分からないのです。お客様にとって必要なのはよいサービスなのであって、等級の高い店長ではないのです。
もう一つの理由は店長で居続けられるようにするためです。長く店長をすると等級が上がっていくというのはよいことのように見えますが、実際の実力と乖離して上がっていくと処遇とのバランスを欠くことになり、それが前述のような「中高年店長は対して変わらない仕事をしているのに処遇だけが高い」という批判を生みます。当人にしても等級が高いからと常に高業績を上げることを求められるのは重圧です。では等級を下げられるかというと、職能資格は本人の職務遂行能力に応じて等級を設定しているので、等級を下げようとすると能力が低下したことを説明しなければなりません。実際には店長として活動できているのですから、能力が低下したということを証明するのはなかなか困難です。一方、経営管理の観点に立てば役割の内容と処遇水準が見合ってさえいればよいのであって、等級は不可欠というわけではありません。店長層に等級が複数あるとステップアップ感があってよいとはいうものの、長ければ30年近く店長をすることも想定するならあまり効果はなさそうです。
また、本部内の職務も役割を定義し、それによる格付を設定しました。それぞれの役割についてどのような職務なのか、どのような知識や経験が必要なのかを「役割記述書」として整理し、社内で公表しました。これにより店長は本部内にどのような役割があり、自身の今後のキャリアにどう役立てていけるか設計できるようになりました。場合によっては店長から本部に異動する際に格付が下がるというケースも出てくるようになりました。以前は本人の能力による等級なので据え置きだったのですが、役割格付になると、だれがするかにかかわらず何をしているかによって格付が決まることになるので、行き先によってはこのようなことが発生するようになります。しかし、異動する人にとっては本部のその役割が自身の今後のキャリアによい意味を持つことが分かるので、一時期、処遇が低下することについてはあまり抵抗感がありません。元の処遇がよければ店長に戻ればよいですし、本部内の別の役割へ移っていくというプランも考えられるからです。なによりそれまでは「本部」としてざっくり捉えるだけで具体的に何をしているか分からなかったのが、目に見えるようになったのでキャリア開発の方法が考えやすくなったのがメリットです。。

評価は業績と行動

評価は「業績評価」と「行動評価」で構成しています。
業績評価は業績管理指標と業務改善への取り組み結果で構成されています。1年間で評価し翌年の上期賞与に反映させます。下期賞与は評価にかかわらず基本給を核とした賞与算定基礎給に一定率を乗じたものを支給します。これに先に記した業績賞与が上期、下期の定期賞与とは別に支給されます。年3回の賞与はいずれも性格が異なるものになっているということです。
一方の行動評価は担当している職務の内容を適切に実施しているかどうかを確認するものです。担当している職務は「役割記述書」に記されているので、この内容がきちんとできていたかどうかを評価します。店舗では店舗の状態をチェックする「店舗監査」をしていますが、これも店長として成すべき事をきちんとやっていたかどうかを店舗の状態をみて客観的に判断するものという位置付けとして、行動評価の項目の一つとして組み込んでいます。これらは基本給(のうちの役割給)に反映されます。役割給はレンジ制になっています。レンジ制とは役割等級ごとに上限と下限の目安で示す幅(レンジ)で示しているということです。行動評価の結果がよければレンジの中でも上限の方へ、行動評価の結果が芳しくなければ下限の方へ改定されるような計算式を設定しています。これにより担っている役割と乖離した役割給が支給されるようなることを防止しています。役割と処遇のバランスをとることで、その役割を担い続けても大丈夫なようにしているのです。
上限に近づくと昇給はなくなってしまうことについて、それではモチベーションが維持できないのではないかという見方もあります。ただ、毎年昇給するには会社の人件費負担力が毎年上がっているという前提が欠かせません。かつての高度成長期にはそれは可能でしたが、低成長期には難しいことですし、負担能力が増えたのであればそれは基本給ではなく賞与で反映すればよいだけの話です。もちろん、負担能力が同じでも毎年引き上げる方法はあります。それが年功給です。あとあと引き上げることを予定するために若年の間は低位に抑えておくことで可能になります。しかしこれでは若手店長の「中高年店長はやっていることが同じなのになぜ給与だけは高いのか」という指摘には応えられなくなってしまいます。そもそもあとあと引き上げることを予定しなくて良いということは、逆にいえば早々に上限近くまで引き上げることも可能ということです。長い目で見ればこちらの方が受け取る報酬の総額は多くなります。モチベーションの維持は別の方法で考えればよいのです。

反応~特に店長の

改定した制度について店長層の反応は好意的でした。特に店舗の業績がきちんと反映される業績賞与は年齢やそれまでの等級に関わらず支給されることが腕に自身のある店長からは歓迎されました。
また、前項でモチベーションは別の方法でと記しましたが、店長の格付は全員同じ「店長職=○級」なのですが、店舗の方に格付を設定しています。そしてその格付に応じた店長手当が支給されます。店舗の格付とは店舗の規模(売り上げ、収益、顧客数)、特殊性(立地や取扱商品)などを考慮したものです。例えば大きなお店はそれなりにパートさんアルバイトさんも多く、店舗業績が全社の業績に及ぼす影響も大きくなるので格付は高めに設定します。また、いくつかの業態を合わせた店舗ではマネジメントが繁雑になりますし、競合店が出てきた店舗ではこれに対抗するための施策を展開する必要がありますからこうした店舗も格付のランクを上げたりします。店長として技量が上がるほどより高いランクの店舗を担当できるようになります。このことである程度のモチベーションを持ってもらおうとしています。
また制度改定によりそれまであった店長の独立支援制度の意味合いがはっきりしてきました。FC(フランチャイズ)方式での独立を支援制度があったのです。前にも記したようにもともと接客業、お店がやりたくて入社する人が多く、その人たちにとっての仕事人生上のゴールはやはり自分の店を持つことなので、それに対応しようとしてつくられた制度です。今回の制度改定で、会社に入ってやっているうちにその会社のブランド、看板が気に入ったのであればそのまま社内で店長をしてもいいし、独立支援制度を使ってFC(フランチャイズ)方式でそのブランドの店長をしてもよいし、いずれにしても店長が有力なゴールとして位置づけられたことになるのです。

課題

この改定ですべてがクリアになった、解決されたというわけではありません。先の店舗格付についていえば、店長の本意ではなく格付の低い店舗に異動になることもあります。店長手当も下がることになるのです。お店の格付は相対的な順位ではなく、基準を設定してあるので、自身の取り組みで格付を上げることができるとはいえ、やはり納得できないところは残ります。
本部内の役割の格付を毎年実施する必要があるという点もあります。本部内の役割は経営戦略に基づいて変わることがありますし、ぎりぎりの人数でやっているのでどうしても「人に職務がついて回る」ということも起きてしまうからです。ただ、考えようによってはマンネリ化を避けること、見直しをすることで不要な職務をあぶり出すことができるので、まったく無意味というわけではありません。