第01回 なぜキャリア開発なのか

最近「キャリア」という言葉をよく耳にするようになりました。「キャリア開発支援制度」に取り組む企業も増えてきているようですが、なぜ企業がこうしたことに取り組むのでしょうか?

1.なぜキャリア開発なのか?

ここ数年でキャリアに関する書籍は本当に多くなり、書店には関連コーナーが出来るほどになりました。またご質問のとおり、企業でも「キャリア開発支援制度」の構築・充実に取り組むところが増え、上場企業を調査対象とした「2005年度版・日本的人事制度の現状と課題」(社会経済生産性本部生産性労働情報センター)によると四一・一%が何らかのキャリア開発支援策を行っており、「近い将来に実施予定」「検討課題(としている)」を含めると、実に九割近くに達します。従業員のキャリア上の自律を促す取り組みが活発になっていることの背景には、経営上求められる人材像の変化と、従業員の側の意識の変化の双方があるようです。

●多様・異質・異能の尊重

組織サイドの変化の一つに企業経営の方向性が売上重視/規模拡大路線から、付加価値重視/環境共存路線へと移行、定着してきたことが挙げられるでしょう。より大きな付加価値を生み出すためには自社ならではの製品、サービスを提供し、消費者及び社会から支持される必要があります。他社との「違い」をいかに生み出すかが焦点となっています。
かつての高度成長期は大量生産・大量販売が企業成長の要諦でした。均質のものを効率的に生産・販売するためには、従業員にも同質性が求められました。これに対して「違い」を創出することが求められている現状では、個人の違い、つまり異質・異能性を尊重することが重要になっています。「均質・集団的」から「多様・個別的」へと人材育成のポイントが変化しているのです。それが「個を尊重するキャリア開発」へとつながっているのです。

キャリア・ゴールの多様化

またキャリア・ゴールが多様化しているという点もあります。従前は、入社した会社で出世の階段を上り詰め、役員になって定年退職というのが多くの従業員の「夢」でした。だれにとってもキャリア・ゴールがほぼ共通であったと言えます。
しかし組織は人的生産性向上を目的としたスリム化、フラット化を推進したためそれほど多くのポストを準備できなくなってきました。
一方従業員の方も、労働観、人生観が多様化し、全ての人が出世を望むというわけではなくなっています。ポストよりも家族との時間を大切にしたい、あるいはNPOなどの社外の活動も重要視しているといった人も確実に増えてきました。
組織が一方的にキャリアのモデルをつくり、これに従業員をあてはめていくということが組織・個人の両面から奏功しづらくなっています。

●組織主導の人材育成の限界

さらに市場の変化のスピードが増す一方、求められる専門性が高まる傾向にあることも要因の一つです。先に述べた均質な社員の育成に貢献した組織主導の「均質・集団型」人材育成システムは、こうした変化と専門性への対応には不向きです。それよりも、やろうという意志があって能力がある人に仕事を任せるのが最も効率的、効果的です。本人がモティベーションを感じられますし、創造性も発揮されます。
 しかしこれを実現しようとすると、組織サイドでは短期的には適切な人材を確保する手段を持たなければなりませんし、中長期的にはどんな人材を必要としているのかを経営計画とともに指し示す必要があります。必要な学習なり経験といった情報を開示しておくことも大切です。
 一方、個人の方も自分のキャリア開発に関して、組織任せではなく主体性を持って取り組まなければなりません。せめて自分が何をしたいのか、自分の持ち味は何かが分かっていないと手を挙げることさえできません。

2.自分のキャリアは自分で考える

このように説明すると、あたかも組織が個人にキャリア開発上の責任を転嫁しているように聞こえるかもしれません。しかし自分の人生、自分のキャリアについては、自らが主体的に決定し、生きていくのが本来の姿です。自分のキャリアについて意志決定、意思表明できる機会があるというのは、個人にとっては緊張感も伴いますが歓迎すべき動きでしょう。
とはいえ自分はどのようなキャリアを生きていきたいのかが分かっている人はそれほど多くはないかもしれません。なぜならそのようなことは考えなくてもやってこられたからですし、高度成長期はそうした時代であったと言えるかもしれません。組織が定年までの身分を保障する代わりに、情報を非公開とし、個人の裁量権は最小限度とし、組織が「本人のため」と称して一方的に個人を遇してきたのです。欧米諸国に追いつけ、追い越せが目標だったその時代にあった効率の良い方法だったでしょう。しかし、それが今も有効かというとそうではないのです。

3.まとめ

企業がキャリア開発支援制度に着目するのは、組織主導の人材育成に限界が訪れたことと、それよりも個人が主体的にキャリア上の選択をし、自分の持ち味を活かして働くようにした方が、モティベーションを感じることが出来るし、創造性も発揮され、付加価値の増大や変化への対応などの面で企業経営に寄与すると考えるからです。
この目的を達成するためには個人が自分のキャリアについて主体的に考えることが必要です。ではその考えるべき「キャリア」とはなんでしょうか? 個人が自分のキャリアについて考えるとは具体的何を明らかにすることなのでしょうか? 次回はそうした観点から、よく使われるようになってはいるけれども、使う文脈によって異なることも少なくない「キャリア」「キャリア開発」そのものの内容について取り上げます。


この記事は中央職業能力開発協会(JAVADA)様の機関誌「能力開発21」に2006年4月から1年にわたって掲載いただいた「キャリア形成支援とキャリアコンサルティング」を再掲したものです。