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定期昇給(#11)
終身雇用(#12)
2004/6/19
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あぁ面接(#13)

 日本は終身雇用だった。
 それが最近はリストラだの成果主義だのでこのよい風習が損なわれている。
 経営者は終身雇用を守るべきだ。
 といったような論議がいまだになされています。

 日本は本当に終身雇用だったのでしょうか?
 きちんと考えれば答えは「No!」です。

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 ★ 労働契約の基本
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 最近聞き慣れたフレーズ(と言うよりは、経営人事を語り始めるときの枕詞だな)に「終身雇用が崩壊して‥‥」というのがあります。
 人事部門に所属していらっしゃる方であればこの言葉が全くの嘘であることにお気づきだと思います。
 そう、日本にはもともと終身雇用なんか無かったんです。
 今もありません。
 平成16年の労働基準法改定で、前もって期間を定める雇用契約の、契約期間が1年から3年に延長されました。
 またいくつかの専門的な職務については5年間の雇用契約を結ぶこともできるようになりました。
 でもそれ以前は基本的に1年間を越える労働契約は無効でした。
 雇用契約は1年更新が原則だったのです。

 え? 会社に勤めているけど、毎年更新なんかしなかったけど−という方も多いことでしょう。
 実際に新卒社員の方はそれ以上の雇用、つまり定年まで勤めることを前提に入社しています。
 なぜでしょうか?
 それは1年以内の労働契約とは他に、「期間の定めのない雇用契約」という考え方があり、これを結ぶことは是認されていたのです(「期間を定めない」のだから、「1年を越える」とは言えないということなんでしょうかねぇ?)。

 雇用期間は長い方が安定していて良いはずなのに、なんで労働基準法は1年間までしか認めなかったの?−と思う方もいらっしゃるかもしれません。
 それは労働基準法が、もともとは劣悪な雇用契約を結ばされた労働者が長期にわたってその雇用契約で拘束されることを防止することを目的としていたからのようです。
 労働者の方が、立場が弱いので、雇用契約を結んだあとだと処遇改善を求めことはやりづらいだとろうという配慮なのだと思います。

 「期間の定めがないのであれば、終身雇用ということではないか」
 そうです、これだけだったら終身雇用といってもよいかもしれません。
 しかし実際には「定年制度」というのがあります。
 一定の年齢に達すると労働契約が終わるという仕組みです。

 人事の経験のないカウンセラーの方のために念のために書き添えますと、定年制度は必ず設けなければならないわけではありません。
 無くても構わないのです。
 労働基準法で決めているのは、定年制度を設けるなら60歳以上にしなければならないことと、定めるなら就業規則に明記しなければならないということだけです。
 就業規則に定めていないと60歳だから会社を辞めてくれとは言えないということです。

 ちなみに平成15年の雇用統計調査(厚生労働省)では92.2%の企業が定年制を採用しています。
 従業員数5000人以上ではなんと100%の導入率。
 ちなみに平成10年では91.3%、5000人以上の企業では100%でした。
 この5年間に定年制度の導入が微増してはいるものの、9割の企業には定年があるのです。
 期間の定めのない雇用契約を結ぶ一方で、定年制度を導入しているということは、積極的に終身雇用を否定しているということになりませんか?

 「再雇用制度があるではないか」という人事担当者の突っ込みがありそうなので一言触れておきますと、再雇用制度の導入率は7割を切っています。
 それに、希望すれば必ず再雇用されるようにはなっていないんですよね、この制度は。
 選抜があるわけです(定年制度というのが前提にあって、経済原則に則って考えると、選抜はあって当然だと思いますけど)。
 だから、再雇用制度があるということを持って、終身雇用が守られているとはいえません。


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 ★ 定年制度は日本の美徳?
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 さて、本題に戻りますと、ほとんどの会社が定年制度を設けていますから、終身雇用ではないわけです。
 だから日本には終身雇用という考え方はもともと無いんです。
 あえていうなら「定年を前提とした長期安定雇用」だったわけです。

 ところで、この定年制度、米国に行けば法令違反です。
 この点は前に「役職定年制か任期制か」のところで触れましたよね。
 米国では年齢による差別を禁じているからです。
 履歴書に年齢を書く欄はありませんし、面接で年齢を尋ねてもいけません。
 ましてや「60歳になったから明日から会社に来なくてもいいよ」なんてことは言えないです。
 その意味では、求められるパフォーマンスさえだしていれば雇用が継続する米国の方が「終身雇用」に近いかもしれません。
 働き続けることができるという意味で。

 むろん、米国にはレイオフがあります。
 事業の浮沈にあわせて職場から人が消えてしまうことは決して珍しくはありません。
 しかし、年齢で一律と言うことはしません。
 あくまでも個人のパフォーマンスを見るわけです。

 定年制度には、「あなたの業績が悪いから辞めてもらう」という「引導を渡す」様なことをやりたくないといった言う側の気持ちと、「自分だけじゃない、みんなそうなんだ」と最後まで横並びでいようとする言われる側の気持ちを感じます。
 後進に道を譲る潔さなんてのも、あるかもしれませんね。

 しかし、本当に先輩を思いやるのであれば、「年齢」のせいなんかにしないで、きちんと伝え、あとは自分たちに任せて欲しいと伝えるほうが「真意」を伝えることができると思うし、潔さを言うのであれば年齢ではなくて自分の考えでする方が格好よいのではないでしょうか?


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 ★ 何のためのルール?
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 役職定年制の回にも触れましたけど、我々はどうしても厳しいことは言わないですまそうとする傾向があります。
 そして、それを言わない代わりに、ルール(制度)でうまくそうなっていくようにしようとします。
 定年制度も、本当は企業からすれば、一律の定年ではなく、個別の事情を反映しながら、お引き取りいただく人とまだ活躍してもらいたい人に分けたいのです。
 お引き取りいただきたい人には定年までもいて欲しくないのが本音のところです。
 ( そういう意味では定年制があるから、会社にぶら下がっている人がいるようになるんですよね。ついでに言えば、定年制度があるからその年齢になるまで会社にいなくてはいけなくなっているケースもあります。なぜって退職金が少なくなってしまうから)。
 だから、個別にあなたはもっと働いて欲しい、あなたにはもう辞めてもらっても構わないということを言いたいのが本音なのです。
 でも、実際にやろうとすると、個別に判断するのが難しかったり、判断した結果を本人に伝えるのがやりづらかったりします。
 そういうことをやらなくても良いので、定年制が受け入れられているように見えます。

 言いにくいことを言わずに制度ですませようとするからか、日本でのルールづくりはやたらと細かいような気がします。
 もともと阿吽の呼吸で決めていくことのできる民族だからかもしれませんが、できるだけ阿吽の呼吸の部分を文章にしようとします。
 そして、そうして作ったルールを守っていればうまく物事が流れていくようにしようと躍起になっているように見えます。
 コンサルティングをしていても、できるだけ判断を明確にできるようなルールづくりを求められます。
 でも、制度やルールを作るときに、どこまで未来に発生する状況を捉えられるでしょうか?
 また、想定できたとしても、それに対応するルールが役に立つ状況が発生するのはとてもまれという場合も少なくありません。
 そんなレアなケースまで想定して、意味があるのだろうかと思って、「そこまで決めておかなくても良いのではないでしょうか」と疑問を呈すると、「決めておかないと勝手な運用をはじめるので、困るんです」と言われます。
 制度やルールの本来の目的よりも、詳細なケースに対応できるようにしようということが多いようです。
 ( でも、実際にはそうしたルールを、「ルールはあくまでもルールだから」と例外をつくっちゃうんですよねぇ。結局は阿吽の呼吸だったりして)

 何でも米国がよいと思っているわけではありませんが、彼の国は何となくルールに対する考え方が違うように思います。
 多民族国家でもあるのでルールをしっかり作るようです。
 そうでないとフェアではないからです。
 でも、運用の段階で人がチェック、判断するということ自体もルールに盛り込んであります。
 もとよりルールに残る曖昧な部分を人の知恵でフォローすることを予定していると言えるかもしれません。
 人間は間違うかもしれない、だからこそほかの人間がそれをチェックすることでよりよいものにしていこうという意図を感じます。
 ( 別の言い方をすれば、ルールには例外が付き物だから、その時に検討しようと考えているといえるかもしれません)

 どちらかというと日本のルールの作り方のほうが人を信じていないのではないかと思えてしまいます。

 たとえばコーポレートガバナンス。
 米国式経営というのは結局のところ取締役会がいかにきちんと機能するかということになります。
 そのために取締役会をチェックする機能として、報酬委員会などの「人の集団」が設置されます。
 人が関わることで、よりよい経営が行われているかどうかをチェックできるという判断です。

 日本の場合は「ルール通りやっていけば、間違いが起こらないガバナンス体制」を目指しているように見えます。
 「なにかこう、うまく行っているかどうかを自動的に判断することができるような制度はないかな? 人が判断するとどうもその人の見方になってしまうから」−コンサルティングをしていて良く言われる要望です。
 「自動的」に判断ができるなら、経営者やマネジャーはいらないと言うことになります。
 機械的に判断できるということなのですから。
 「各種委員会を作ったからと言って、結局は人が判断するのだから間違いがあるのではないか」といったガバナンス体制批評が、一定の勢力を持っているのは、結局は人間不信にあるのではないか? 
 そう思えてきます。


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 ★ 今回のまとめ
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 定年制からずいぶんと離れてしまいました。
 役職定年制の回(第8回)でもお気づきのように、年齢で一律に判断するということには強く反対しています。
 誰でもが分かるような基準で判断するというのは、分かりやすい分、その人その人の個別の事情を反映できないということを指しているからです。
 なぜ、誰でも分かるような判断基準を求めるのか?
 その理由に、目的合理性ではなく、「判断しやすいから」というのが入っていると危険です。
 そこで「機能停止」するおそれが大いにあります。
 考えなくても良いという「楽さ」には、何気なくやってしまうという罠があります。
 人の仕事人生の大きな節目である仕事からのリタイアの時期を、何気なく決めて良いのでしょうか?


 


 このメールマガジンは、キャリアスケープ・コンサルティングが発行しました。
 キャリアスケープ・コンサルティングのホームページは     
 
 年齢に関係なく勤めてもらおうとすれば、年齢ではなく実際にやっていることで処遇すればよいだけの話だと思うのですが。そのてがかりがキャリア開発という視点から考える人事制度(HRD/HRM)なんですけどね。→ こちら 
 

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