2)人事制度の範囲

別項にも記しましたが、人事制度は経営理念や人事理念を実現するためのツール(群)です。したがってどの制度が不可欠とかなくてもよいだとかというのはありません。また規程になっているかどうかというのともまた異なります。例えば賃金規程というのがあったとしても、時間外勤務手当の計算方法だとか、月1回払うけど天引きする項目もありますよだとかという必要最低限だけ書いてあって、どうであれば賃金が変わるかというと「年1回勤務状況に応じて改定することがある」だけどいうのもあれば、具体的に賃金テーブルが掲載されていて自分でも昇給額が計算できるようになっているのもあります。
ここではよく登場するもの、キャリア開発に関連するものを中心に紹介します。この記事では概要を示し、それぞれの制度の詳しい内容や設計のコツ、運用のポイントなどはそれぞれの記事をご覧下さい。なお正しい制度を説明するのが目的ではありません。もちろん法令に反する制度はよろしくありません。しかし、実際にはその組織の経営理念や人事理念によるところが大きいという点に留意してください

制度の名称   概  要
社内格付制度
等級制度
○広い意味での処遇の説明変数。「なぜ処遇が高いのか」「あなたの処遇がこれくらいなのはなぜなのか」ということを説明するためのもの。その等級の決め方にはいろいろあり、どれを採用するかが会社の人事理念を表している
○また等級が上がるということ自体がその組織内でのステータスを示すことになるし、等級の高さに合わせて教育プログラムが提供されたり、制度によっては任命されうる管理職位の範囲が決まっていたりするので、処遇としても機能する 。
人事考課制度
評価制度
○社員に期待するものを「考課項目(評価項目)」として明示し、その実現に向かって行動するよう示唆するもの。期待する内容はその組織によって、あるいは役割の内容によってさまざま。
○明示した内容をどの程度具現化できたかどうかを確認する。誰が確認するのか、どのように確認するのか、確認した結果をどのように取りまとめるのか-こうしたことにも組織の経営理念、人事理念が反映される。
報酬制度 ○貢献度に応じた報酬を支払う仕組み。月例報酬のほかに賞与や退職金などがある。それぞれ目的が異なるので計算方法や支給方法が異なるのが一般的。どのような項目で構成するのか、それらはどのような理由によって決まるのかといったこともまたその組織の経営理念や人事理念が反映される。
○貢献度がどのくらいであったのかは、多くの場合、社内格付け制度(等級制度)や役職(昇進/異動に関連)、それに伴う人事考課の結果を参考に決定される。社内格付が高いということは期待されている貢献度がもともと高いということなので報酬水準は高くなるし、人事考課の結果がよいということは期間中の貢献があったということなのでこれもまた報酬水準に影響することになる。
○報酬に関わる取り決めは労働契約の主要な項目でもあるので法律による定めに従うところが多いのも特徴。経営理念・人事理念に合っていても法令に合わなければ仕組みとして用いることができない。法令の改定にともなってこれまでの慣例通りでは不都合が生じることもあるのでブラッシュアップは不可欠
昇進/異動 ○いわゆる適材適所を実現するためのもの。昇進は管理職を任命するもの。より上位に任命する昇進だけでなく、下位に任命する降職もある。どのような人を昇進/降職させるのかは、人事制度だけの問題ではなく、当然、経営戦略/組織戦略に依存することになる。人事考課の結果がよいというだけで昇進させることはできない。
○特に管理職については実務者とは異なる能力や知識が必要とされることが多い。また人数は組織戦略によるので能力や知識があるからといって任命することはできない。そこで社内格付制度とは異なる基準が必要となるが、この点を峻別していない組織は少なくない
○また後継者育成の視点(サクセッションプラン)も不可欠。組織の永続性を前提とするなら、在任者が担当できる期間よりも組織が存在する期間の方が長いことを予め認識しておくべき。特に管理職についてはその職務内容からいって長年務めることがしづらいものでもある(例外は当然ある)
○サクセッションプランの一環として定期的なジョブローテーション(異動)を行う組織がある。特に日本はゼネラリスト志向が強いので、本人のキャリアプランとは関わりなくゼネラリスト育成を進めることがある。これを効果的と考えるかどうかは人事理念によるところが大きい
教育制度 ○組織として生産性、創造性を高めようとするのであれば教育に取り組むことは不可欠。「できる人をその都度採用する」ことで社内での教育を行わないという方法も採れるが、どの業務においても内容が更新されていくことはあるので、何らかの教育は欠かせない。また「必要なときだけ」ということは「必要ではなくなった」ときには退出を求めることになることを、組織も個人も前提としておく必要がある。
○教育のテーマは、短期的には実務上のスキル獲得、長期的には心・技・体の充実。具体的には担当する業務や中長期のキャリアプランによって異なる。テーマを組織側で体系化しておくことは育成のメッセージとして意味がある。CDP(キャリア開発プログラム)の一環として教育体系を整え、提示することで働く個人は中長期のプランニングがしやすいという面もあるが、その前提となる中長期経営計画が変わるとそれに合わせてブラッシュアップしておかないと意味を失うことになる。

制度や規程あるいは内規、ガイドラインなどで明文化されているとよいでしょう。ただそれらが整っていても形骸化していては意味がありません。また、制度を運用すること自体が目的となってしまい、そもそも難のためにそうした仕組みを整えたのかという本質を見失うようなことは避ける必要があります。
この記事の標題の図はこれらの制度が相互に関係し合っていることを説明しようとしています。先にも記したように人事制度は経営理念や人事理念を実現するための手立て、ツールです。運用することで理念の実現を図るのが目的なので、各制度の判断の拠り所は一体でなければならないことに留意が必要です。